赫い滴と湿った吐息

第一話:夕暮れのカフェと安物の琥珀 2

​「……ここなら、誰も見てないよ」

路地裏の古びた喫茶店、琥珀色の照明が少女の瞳を濁った金色の宝石に変える。

鼻腔を支配するのは、深く焙煎されたコーヒーの苦い煙と、雨上がりのカビの匂い。

視界に映る彼女の指先は、不揃いなシュガーポットの角を、苛立ちを隠さず弄んでいた。

​「……学校は、どうした。籍はなくても、行く場所くらいはあるだろう」

男の低い声が、革張りの椅子の軋みと共に、テーブルの下の狭い空間を支配する。

耳朶を打つのは、遠くで鳴り続ける換気扇の低周波と、彼女が吐き出した重い溜息。

舌先に残る安物のガムシロップの甘みが、男の口腔を、痺れるような違和感で満たした。

​「……図書館とか、公園とか。居場所なんて、お金があればどこにでも作れるよ」

少女の乾いた声が、カップに当たるスプーンの金属音と混ざり、不協和音を奏でる。

触れ合う二人の膝が、テーブルの下で偶然を装い、熱を分け合うように押し付けられた。

視覚を奪うほどの夕闇が窓を塗り潰し、店内の鏡が、不釣り合いな二人の姿を晒す。

​「……寂しいのか。それとも、単なる強がりか」

男の掌が、テーブルの上で彼女の冷えた指を包み込むと、微かな拒絶の震えが伝わる。

掌に伝わる彼女の骨の細さは、昨日よりもずっと、男の支配欲を深く、鋭く刺激した。

遠くで、街のチャイムが終わりを告げ、帰路を急ぐ人々の足音が、壁越しに響いている。

​「……寂しいなんて、言ったら負けでしょ。おじさんこそ、一人は嫌なんじゃないの?」

彼女の吐息が、温かい湯気に混じり、男の頬を執拗に、かつ残酷に撫で上げ回る。

窓の外、街灯が一つずつ灯り、二人の逃げ場のない夜を、静かに、確実に招き寄せた。

溢れ出す歪な連帯感が、冷めたコーヒーの底に、黒い渦となって沈み込んでいく。
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