赫い滴と湿った吐息

第一話:紫煙とアスファルトの匂い 2

​「……こっちだよ」

少女の指が男のゴツゴツとした節くれだった掌に重なり、柔らかな熱を伝える。

鼻腔を支配するのは、古い雑居ビルから漏れ出す饐えた油の臭いと、彼女の香水。

視界に映る彼女の項は、街灯の逆光を浴びて、産毛の一本までが銀色に輝いた。

​「ホテル、あそこがいいな」

彼女が指差す先、極彩色のネオンが、夜の湿った大気を毒々しく塗り潰す。

耳朶を打つのは、深夜の喧騒に混じる、誰かの笑い声とカラスの不吉な鳴き声。

舌先に残る安物のタバコのヤニ臭さが、男の乾いた喉を、じりじりと焼き焦がす。

​「ああ、構わない」

男の低い声が、アスファルトに沈殿した重い熱気を、ゆっくりと掻き回した。

触れ合う二人の腕から、汗ばんだ肌が吸い付くような、湿った粘り気が伝わる。

視覚を奪うほどの眩い看板の光が、少女の瞳に、欲望の火花を小さく点した。

​「おじさん、手、熱いね……」

少女が囁くと、湿った吐息が男の耳朶を掠め、微かな甘い粘膜の音を立てる。

掌に伝わる彼女の骨張った手首の拍動は、逃げ場のない獣のように速く、鋭い。

遠くで、重たい鉄扉が閉まる鈍い衝撃音が、夜の底へと低く響き渡った。

​「……君こそ、震えているじゃないか」

男が言い放つと、少女の肩が一度だけ、冷えた夜風に吹かれたように小さく跳ねる。

窓の隙間から漏れる紫の光が、二人の重なり合う影を、異形のものへと変質させた。

溢れ出す夜の情動が、男のネクタイを緩め、未知の深淵へと、二人を誘っていく。
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