赫い滴と湿った吐息

第一話:紫煙とアスファルトの匂い 3

​「……いらっしゃいませ」

無機質な自動精算機の機械音が、静まり返ったロビーの冷気に低く反響する。

鼻腔を支配するのは、過剰に撒かれた芳香剤のレモン臭と、古い壁紙の埃。

視界に映るフロントの遮光ガラスは、二人の姿を、歪んだ魚眼のように映し出した。

​「おじさん、何階にする……?」

少女の指先が、鈍く光るエレベーターのボタンを押し、硬い金属の抵抗を伝える。

耳朶を打つのは、重い鉄の箱が上昇するたびに鳴る、不気味なワイヤーの軋み。

舌先に残る安物のガムの甘みが、男の渇いた喉に、奇妙な粘り気を生じさせた。

​「……最上階だ、七階を」

男の低い声が、密閉された四角い空間の中で、獣の唸りのように重く沈殿する。

触れ合う二人の肩から、汗ばんだ布地の不快な湿り気が、じわりと染み出した。

視覚を奪うほどの金色の鏡面壁が、少女の紅潮した頬を、残酷なまでに晒す。

​「わあ、広いね……」

重いドアが開くと、冷房の効きすぎた室内の冷気が、男の熱い項を執拗に撫でた。

掌に伝わるドアノブの真鍮の冷たさが、現実と虚構の境界を、鋭く切り裂いていく。

遠くで、街の喧騒が遮断された瞬間の静寂が、鼓膜にキーンと高い音を立てた。

​「……まずは、シャワーでも浴びなさい」

男が言い放つと、少女の背中が一度だけ、微かな衣擦れの音と共に小さく跳ねる。

窓の隙間から漏れるネオンの毒々しい紅が、白いベッドの海を、斑に汚していった。

溢れ出す期待と背徳の混じりが、男の肺を圧迫し、逃れられぬ夜の底へ突き落とす。
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