赫い滴と湿った吐息

​第一話:取引の裏側、冷徹な詰み 2

「……な、なんだよこれ! 誰だよ、こいつら……っ!」

若者の喉を震わせる悲鳴が、雨に濡れたコンクリートの壁に虚しく反響し、夜の静寂を醜く切り裂く。

鼻腔を支配するのは、背後の影から現れた男たちが纏う、安物の煙草と使い古されたオイルの、乾いた暴力の匂い。

視覚に映る元カレの瞳は、手にした封筒の重みさえ忘れ、迫り来る黒い人影の威圧感に、ただ白く濁っていた。

​「……取引の『証人』だ。お前がその金を受け取った瞬間、契約は成立した。……恐喝罪のな」

男の低い声が、若者の耳腔を重く、逃げ場のない鉄板のように塞ぎ、理性を根底から叩き潰す。


耳朶を打つのは、仕事人の一人が手にしたICレコーダーが、ピッという無機質な完了音を奏でる響き。

舌先に残る自身の冷徹な唾液の味が、男の口腔を、獲物を完膚なきまでに追い詰めた後の、静かな愉悦で満たした。

​「恐喝……? ちがう、これは俺の権利だ! ミナを奪われた慰謝料だろ……っ!」

若者が掴まれた胸倉を振り払おうともがくたび、指先に伝わるのは、逃げ場を失った小動物の、無様な筋力の震え。

触れ合う男の拳から伝わるのは、若者の未熟な肋骨が、恐怖で浅く速く上下する、絶望的な拍動。

視覚を奪うほどの眩いスマートフォンのフラッシュが、数回、若者の醜態をデータとして、冷酷に、確実に記録した。

​「……権利だと。動画を盾に金を要求した時点で、お前はただの犯罪者だ。……警察に行くか、それともこの場で『清算』するか」

男の指先が、若者の喉仏をゆっくりとなぞり、そのまま窒息させる一歩手前の強さで、ねちっこく、深く圧迫する。

掌に伝わる若者の皮膚の薄さは、雨に打たれて急速に体温を失い、死人のような冷たさを帯び始めていた。

遠くで、街のビルを抜ける風の音が、ヒュウという寂しげな口笛となって、若者の葬送曲を奏でる。

​「……や、やめてくれ……消す、消すから! 今すぐ、ここで全部消すから……っ!」

若者の吐息が、雨と涙に塗れて、男の指先に熱く、しかし卑屈な湿り気を伴って絡みついた。

溢れ出した後悔の念が、駐車場の隅に溜まった泥水のように、三人の足元をドロドロと黒く染めていく。

支配という名の冷徹な重圧が、若者のプライドを、コンクリートの上で粉々に砕き散らしていた。
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