赫い滴と湿った吐息

第二話:凱旋と供犠、彼女を縛る新しい枷 1

​「……終わったよ。あいつはもう、二度とお前の前には現れない」

ホテルの重厚な扉が閉まった瞬間、男の低い声が、静寂の支配するスイートルームに冷徹な勝利を告げる。

鼻腔を支配するのは、雨に濡れたウールコートの重い獣臭と、玄関先で待ちわびていた少女の、焦燥に駆られた甘い体臭。

視界に映る彼女の瞳は、救済の知らせに歓喜しながらも、その代償の大きさを予感し、獣に睨まれた獲物のように湿っていた。

​「本当……? あの動画、消してくれたの? おじさん、本当に……っ」

少女の震える指先が、男の濡れた胸元に縋り付き、ボタンを千切らんばかりに強く、ねちっこく引き絞る。

耳朶を打つのは、男が投げ出した鍵がテーブルの上で硬質な音を立て、二人の契約を確定させる響き。

舌先に残る自身の支配欲という名の鉄錆の味が、男の口腔を、恐怖から解放された獲物を食い尽くす前の、静かな渇きで満たした。

​「……ああ、この世から消し去った。だが、覚えているな? 救済には、等しき『供物』が必要だということを」

男の手が、彼女の細い顎を強引に掬い上げると、指先に伝わるのは、安堵のあまり力が抜けた少女の、柔らかな肉の感触。

触れ合う二人の肌の間で、雨の雫と安堵の涙が混濁し、逃げ場のない共依存の膜を、より分厚く作り上げた。

視覚を奪うほどの月光が、カーテンの隙間から差し込み、彼女の剥き出しの鎖骨を、生贄の祭壇のように白く照らし出す。

​「……わかってる。私、おじさんのものだから。……何でも、して……っ」

彼女の吐息が、男の喉仏に熱く絡みつき、拒絶を完全に棄却した「供犠」の沈黙を、重く、甘く奏でる。

掌に伝わる彼女の喉の震えは、絶対的な守護者に全てを委ねた、愚かで愛おしい小動物の末路。

遠くで、夜を徹して走り続けるトラックの重低音が、この密室の秘め事を、誰にも届かぬ場所へと押し流していく。

​「……なら、その震えを私に預けろ。一分一秒、私の支配を忘れる暇もないほどにな」

男の指が彼女の背中のジッパーをゆっくりと、焦らすように、ねちっこく引き下ろすと、衣擦れの音が夜を裂いた。

溢れ出す征服の愉悦が、男の理性を黒く塗り潰し、彼女という「救われた代償」を、余さず蹂躙するための火を点す。

静寂を切り裂く彼女の甘い喘ぎが、新たな支配の鎖となり、二人の夜を、どこまでも深く、暗く、塗り替えていった。
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