赫い滴と湿った吐息

第三話:共犯の終焉、あるいは神の沈黙 1

「……もう、お前の世界には私しか残っていない。これが、お前が望んだ『究極の平穏』だ」

男の低い声が、冷え切った地下室の壁にねっとりと張り付き、彼女の鼓膜を物理的な重圧で蹂躙する。

​鼻腔を支配するのは、外界の酸素を一切拒絶した澱んだ空気と、男の指先に染み付いた、彼女の精神を焼き切った後の鉄のような冷たい匂い。
視界に映る彼女の瞳は、もはや光を反射することもなく、男という絶対的な太陽だけを視神経に焼き付けた、虚ろな鏡へと成り果てていた。

​「……あ、っ……おじ、さん……。私の、中……ぜんぶ、おじさんで……埋まって、いく……っ」

彼女の指先が、男のワイシャツの胸元を、自身の存在を確認するように、ねちっこく、執拗に、かつ激しく掴んで離さない。

耳朶を打つのは、男が彼女の細い首筋に唇を寄せた際に漏れる、湿った吸気音と、彼女の足元で力なく転がる、かつての日常の残骸である脱ぎ捨てられた衣服の擦れる音。

​舌先に残る自身の「個」という名の鉄錆の味が、男の口腔を、一人の人間を完全に「完成された静物」へと変貌させた後の、底知れぬ悦楽で満たしていく。

触れ合う二人の肌の間で、立ち上る陶酔の汗が、彼女の最後の「個」の境界線をドロドロに溶かし、男の影へと完全に融合させていく。

​視覚を奪うほどの眩いランタンの光が、二人の影を壁に巨大に映し出し、それはまるで、一つの巨大な怪物が、小さな獲物をゆっくりと咀嚼しているかのような、美しく、残酷な光景であった。

掌に伝わる彼女の喉の痙攣は、外界への最後の未練を絞り出す断末魔ではなく、絶対的な支配者を受け入れたことによる、至福の震え。

​「……そうだ。その震えこそが、お前が私に従属している証だ。もう、皮膚の裏側まで、私の色で塗り潰してやる」

男の手が、彼女の乱れた髪を掴み、強制的に仰向かせると、その喉元に、逃げ場のない「所有」という名の熱い重圧を、脳髄の奥底まで深く注ぎ込んだ。

溢れ出した「消失」の愉悦が、地下室を、外界を拒絶する二人だけの甘美で無慈悲な伽藍へと変えていく。
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