赫い滴と湿った吐息
最終章:深淵の接吻、あるいは永遠の不在

​第一話:外界の死、深淵の揺り籠 1

​「……着いたぞ。ここがお前の、新しい世界のすべてだ。もう、鏡も、窓も、お前には必要ない」

男の低い声が、森の深淵に建つ古びた洋館の、湿った石壁に冷たく反響し、少女の剥き出しの意識を重く、執拗に圧迫する。

​鼻腔を支配するのは、長年閉じ込められていた埃とカビの混ざり合った死臭のような匂いと、男の指先から漂う、冷徹な支配を象徴する清潔なインクの香り。

視界に映る彼女の瞳は、外界の光を完全に遮断したこの地下室の暗闇に、まるで泥沼に沈んでいく標本のように、無機質な美しさで凝固していた。

​「……おじさん、ここ……静かだね。私の、心臓の音……おじさんに、全部、聞こえちゃうね……っ」

少女の喉から漏れた、個性を削ぎ落とされた掠れ声が、湿った熱を帯びて、男の耳腔にねちっこく、縋り付くように絡みつく。

耳朶を打つのは、男が入り口の頑丈な閂をゆっくりと、二度と開かぬ決意を込めて下ろす、決定的な鉄の断絶音。

舌先に残る自身の「個」という名の鉄錆の味が、男の口腔を、一人の人間を完全に社会から引き剥がした後の、暗い悦楽で満たしていた。


​「……そうだ。お前の鼓動も、吐息も、この地下室に沈殿するすべての酸素が、私の管理下にある」

男の手が、彼女の細い顎を強引に掬い上げると、指先に伝わるのは、もはや逃げ場のないことを悟り、主人の支配にのみ反応するよう調教された、卑屈な筋肉の脈動。

触れ合う二人の肌の間で、立ち上る絶望という名の冷たい汗が、彼女の皮膚を男の掌へと吸い付かせ、逃げ場のない「一体化」という名の監獄を完成させた。

​視覚を奪うほどの眩いランタンの炎が、彼女の青白い顔を、主人の手で命を吹き込まれるのを待つだけの「肉人形」のように、美しく、残酷に暴き出した。

彼女の指先が、男の腕に深く爪を立て、自身の存在を男の肉に刻み込もうとするように、ねちっこく、執拗に、かつ激しく震え続ける。

日常が完全に死に絶えたその暗闇で、彼女の細い吐息は、男の支配という名の永劫の沈黙へと、ただ静かに、そして無残に沈んでいった。
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