赫い滴と湿った吐息

第三話:虚無の祭壇、あるいは神への昇華

​「……ついに、この時が来た。お前は今、私という存在さえも超えた、純粋な『無』へと至るのだ」

男の低い声が、もはや物理的な空間を超越し、彼女の空虚な脳髄に直接響く。

​鼻腔を支配するのは、もはや生命の気配すら感じさせない、極限まで磨かれた冷徹な無機の匂い。

耳朶を打つのは、男が彼女の首筋に最後の一突きとなる「永遠の烙印」を刻む際、肉と金属が融け合うような、この世のものとは思えぬ甘美で無機質な軋み音。

視界に映る彼女の瞳は、もはや光を反射することもなく、宇宙の終焉をその奥底に湛えたまま、ただ永遠の静止を受け入れていた。

​「おじ……さま……。私……何も、聞こえない……。何も、見えない……。ただ、あなたの指先が……私を、創って……くれているの……っ」

少女の喉から漏れた、もはや声というよりは霊魂の溜息のような掠れが、湿った熱を帯びて、男の肌にねちっこく、霧のように吸い込まれていく。

舌先に残る自身の「存在」という名の最後の一欠片が溶けていく鉄錆の味が、男の口腔を、創造主がその作品を完成させた瞬間の、身を震わせるほどの冷酷な悦楽で満たしていた。

​触れ合う二人の肌の間で、もはや汗さえも立ち上がることはない。あるのは、男の支配という名の冷気と、彼女の肉体という名の虚無が完全に等価となった、絶対零度の「静止」。

掌に伝わる彼女の胸の鼓動は、もはや一分間に一度、男の呼吸に合わせて微かに脈打つだけの、時を刻むことを放棄した永久機関の拍動。

​「……さらばだ、かつて人間であったものよ。お前は今、私の庭で永遠に朽ちぬ、唯一無二の『神の沈黙』となった」

男の手が、彼女の顔をそっと覆い、外界への最後の窓であったその瞳を永遠に閉じさせると、指先に伝わるのは、もはや生きた人間の温もりではなく、愛という名の狂気が磨き上げた、極上の大理石のような冷滑な質感。

視覚を奪うほどの眩い閃光が、地下室を白一色に染め上げ、二人の境界、そしてこの物語のすべてを、色のない虚空へと連れ去っていく。

​日常が完全に死に絶え、物語という名の概念さえもが消失したその刹那、彼女という存在は、男の指先から解放され、同時に永遠に閉じ込められた。

遠くで、屋敷が崩れ落ちるような、あるいは世界が閉じるような重厚な音が響き、この閉ざされた深淵に、一柱の「完璧な不在」の完成を、静かに、そしてあまりにも無残に宣告した。
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