刻(とき)の断罪 ―真紅の絆―
5
翌朝、月永グループ本社ビルの副社長室。
窓硝子に映る自分を、翔はじっと見つめていた。仕立ての良いスリーピースのスーツ、短く整えられた髪、そして感情を殺した鋭い眼差し。そこには、月永社長の息子であり、冷徹な副社長である「月永翔」という完璧な虚像が立っている。
だが、頭では復讐の正道を歩んでいると理解していても、心が追いつかない。
指先を窓に滑らせると、昨夜、奏の広い掌に包まれていた時の熱が蘇る。あの真剣な眼差し、壊れ物を扱うような優しい抱擁、そして耳元で囁かれた「生涯かけて守る」という誓い。
(…私は、お兄ちゃんのために女を捨てたはずなのに)
復讐のために、恋も、結婚も、女としての未来もすべて灰にした。そう自分に言い聞かせ、十五年間生きてきた。だというのに、一度だけ許した温もりが、呪いのように、あるいは救いのように全身にこびりついている。
「…寂しいなんて、思っちゃいけない。私は…死神なんだから」
自分に言い聞かせる独り言は、静まり返った部屋の中で虚しく霧散した。
重厚な扉がノックされ、一柳奏が入ってきた。
「失礼します。例の不動産買収に関する最終書類を届けに来ました」
その声を聞いた瞬間、翔の心臓が跳ねた。
顔を上げた奏の表情は、心なしか青白く、目の下には隠しきれない隈が差している。
明らかに寝不足の顔だ。
「…一柳弁護士。顔色が悪いようだが、体調でも崩したのか?」
翔はあえて突き放すような冷たい声を出す。
だが、奏の視線は書類ではなく、翔の瞳を真っ直ぐに射抜いていた。
「いいえ、体調ではなく…」
少し言葉を切った奏は、強くまっすぎな眼差しを翔に向けた。
「心が、痛みます…」
心が痛むと言う奏に、翔は胸がキュンと痛み、そっと視線をそらした。
そんな翔を見ると、奏は昨夜の女性に似ているような気がした。
「副社長。少し、お時間をいただけませんか?」
「はぁ?」
「仕事が忙しいのはわかっています。でも、たまになら少しは息抜きしてもいいのではありませんか?」
「何を言う。…用が済んだら…」
帰れ!と翔が言う前に、奏がギュッと手を握ってきた。
「あれ?少しやせましたか?」
「な…何をする…」
「ちゃんと食べていますか?食べなくては、生きていられなくなりますよ」
「心配されることは、何もない!手を…」
グイッと引っ張られると、それにつられて翔は立ち上がった。
「一緒に来てください。少しでも、笑ってほしいのです」
そう言われて強引に手を引かれた翔は、そのまま奏に連れ出された。
オフィスビルからでて歩く駅前。
時刻は10時。
この時間は人通りも少なく、お店が空き始めた頃でそれほど混雑していない。
通り行く人が間でと翔を見ている。
「やだ、あの人たち。男同士で…」
「ホモ?」
「まぁ、今は普通にいるからなぁ」
「それにしても、あの人、男の人にしては綺麗すぎる」
翔をみて通り行く女性が言った。
「美男子って、ああいう人の事を言うのね。モデルさんかしら?」
「いいなぁ~。あの人なら、男だって惚れちゃうわよ」
恥ずかしそうに翔は俯いた。
「みんな、副社長に注目していますね。それだけ、魅力的ってことですよ」
「恥ずかしいから…帰りたいんだけど…」
「気にすることはないじゃないですか。今まで気づかなかったのですか?社内でも、注目されている事」
複雑そうに唇をかむ翔。
「あ、ちょっと寄りますね」
奏は店が並んでいる中、アイスクリーム屋さんに立ち寄った。
窓硝子に映る自分を、翔はじっと見つめていた。仕立ての良いスリーピースのスーツ、短く整えられた髪、そして感情を殺した鋭い眼差し。そこには、月永社長の息子であり、冷徹な副社長である「月永翔」という完璧な虚像が立っている。
だが、頭では復讐の正道を歩んでいると理解していても、心が追いつかない。
指先を窓に滑らせると、昨夜、奏の広い掌に包まれていた時の熱が蘇る。あの真剣な眼差し、壊れ物を扱うような優しい抱擁、そして耳元で囁かれた「生涯かけて守る」という誓い。
(…私は、お兄ちゃんのために女を捨てたはずなのに)
復讐のために、恋も、結婚も、女としての未来もすべて灰にした。そう自分に言い聞かせ、十五年間生きてきた。だというのに、一度だけ許した温もりが、呪いのように、あるいは救いのように全身にこびりついている。
「…寂しいなんて、思っちゃいけない。私は…死神なんだから」
自分に言い聞かせる独り言は、静まり返った部屋の中で虚しく霧散した。
重厚な扉がノックされ、一柳奏が入ってきた。
「失礼します。例の不動産買収に関する最終書類を届けに来ました」
その声を聞いた瞬間、翔の心臓が跳ねた。
顔を上げた奏の表情は、心なしか青白く、目の下には隠しきれない隈が差している。
明らかに寝不足の顔だ。
「…一柳弁護士。顔色が悪いようだが、体調でも崩したのか?」
翔はあえて突き放すような冷たい声を出す。
だが、奏の視線は書類ではなく、翔の瞳を真っ直ぐに射抜いていた。
「いいえ、体調ではなく…」
少し言葉を切った奏は、強くまっすぎな眼差しを翔に向けた。
「心が、痛みます…」
心が痛むと言う奏に、翔は胸がキュンと痛み、そっと視線をそらした。
そんな翔を見ると、奏は昨夜の女性に似ているような気がした。
「副社長。少し、お時間をいただけませんか?」
「はぁ?」
「仕事が忙しいのはわかっています。でも、たまになら少しは息抜きしてもいいのではありませんか?」
「何を言う。…用が済んだら…」
帰れ!と翔が言う前に、奏がギュッと手を握ってきた。
「あれ?少しやせましたか?」
「な…何をする…」
「ちゃんと食べていますか?食べなくては、生きていられなくなりますよ」
「心配されることは、何もない!手を…」
グイッと引っ張られると、それにつられて翔は立ち上がった。
「一緒に来てください。少しでも、笑ってほしいのです」
そう言われて強引に手を引かれた翔は、そのまま奏に連れ出された。
オフィスビルからでて歩く駅前。
時刻は10時。
この時間は人通りも少なく、お店が空き始めた頃でそれほど混雑していない。
通り行く人が間でと翔を見ている。
「やだ、あの人たち。男同士で…」
「ホモ?」
「まぁ、今は普通にいるからなぁ」
「それにしても、あの人、男の人にしては綺麗すぎる」
翔をみて通り行く女性が言った。
「美男子って、ああいう人の事を言うのね。モデルさんかしら?」
「いいなぁ~。あの人なら、男だって惚れちゃうわよ」
恥ずかしそうに翔は俯いた。
「みんな、副社長に注目していますね。それだけ、魅力的ってことですよ」
「恥ずかしいから…帰りたいんだけど…」
「気にすることはないじゃないですか。今まで気づかなかったのですか?社内でも、注目されている事」
複雑そうに唇をかむ翔。
「あ、ちょっと寄りますね」
奏は店が並んでいる中、アイスクリーム屋さんに立ち寄った。