刻(とき)の断罪 ―真紅の絆―

鉄の結束を誇っていたはずの京太郎の帝国に、修復不可能な亀裂が走り始めた。地上げのために裏社会の人間を使い、ライバル会社の社長を事故に見せかけて抹殺した――。その悍ましい噂は、鮮明な証拠写真と共に白日の下にさらされたのである。
「……誰が、誰がこれを流したんだ!」
京太郎が執務室で絶叫したその時、扉が蹴破られるようにして開いた。入ってきたのは、今まで彼が甘い汁を吸わせてきた裏社会の男たちだった。その眼光は、かつての卑屈な従順さなど微塵も残っていない。
「京太郎さんよ……あんた、俺たちを裏切って一人で高飛びするつもりじゃねえだろうな?」
「何を……そんなわけがないだろう!」
「黙れ。ツラ貸せよ」
男たちは逃走資金として十億円を要求した。京太郎の喉元に冷たい刃が突き立てられる。
「明日の晩までに用意しろ。できなきゃ……あんたの命はねえ」
窮地に立たされた京太郎は、藁をも掴む思いで月永翔に融資を申し出た。しかし、翔は冷徹な眼差しで彼を一蹴する。
「田之上社長、私に見えるのは、沈みゆく泥舟にしがみつく無様な男の姿だけだ。融資? ドブに捨てる金など一銭もない」
「貴様……! 後悔させてやるぞ!」
吐き捨てるように立ち去る京太郎のスマートフォンに、一通のメールが届いた。
『今夜、いつものバーで待っています。お願いしたい仕事がありますの。報酬は二十億……いかがかしら?』
送り主は、あの夜、心を奪われた「深紅のドレスの美女」だった。京太郎の目に、どす黒い欲望が再び灯った。

その日の夕刻、激しく降り始めた雨は、街の喧騒を掻き消すかのようにアスファルトを叩きつけていた。翔はホテルのエントランスで車を待っていたが、目の前に一人の女性が立ちはだかり、その動きを止めた。田之上美晴だった。翔は一瞬、眉をひそめて彼女を避けて通ろうとしたが、背中に投げかけられた言葉に、全身を凍りつかせた。
「……睡蓮でしょう?」
翔は足を止め、ゆっくりと振り返った。美晴の瞳は、すべてを見透かしているかのように静かだった。翔はその眼差しに、十五年という長い年月の重みを感じていた。二人は導かれるように、淳也が眠る寂れた墓地へと向かった。
「私が京太郎と結婚したのは、愛していたからじゃない。復讐のためよ」
美晴は雨に濡れる墓石を見つめ、静かに、しかし衝撃の告白を始めた。
「俊太は……淳也さんの子供よ。京太郎の子供だと偽って、あいつを騙し続けてきたの」
淳也の逮捕から数週間後、京太郎に無理やり酒を飲まされ、気づけばベッドの上にいたという。一線を越えたと言い張る京太郎を拒絶した直後、妊娠が発覚した。しかし、週数からしてそれは間違いなく淳也の子供だった。
「淳也さんの血を、あいつに育てさせることが私の復讐だった。そして、あいつの傍で淳也さんを陥れた証拠を掴むために、私は自分の人生を捧げたのよ」
美晴は、京太郎が大慈と交わしたメールの履歴を翔に差し出した。そこには、淳也の指紋を封筒につけ、テロ組織への加担を捏造する卑劣な計画が、冷酷な言葉で刻まれていた。
「淳也さんに妹がいること、大学生の時に知っていたの。こっそり後をつけたら、天使のような女の子を淳也さんが愛おしそうに抱きしめていて……顔立ちがそっくりだったから、すぐに分かったわ。たまにドアノブにかけておいたケーキや惣菜、覚えてる?」
翔の脳裏に、幼い日の記憶が蘇る。兄が「誰かが差し入れしてくれたんだ」と笑って持ち帰ってきた、温かい惣菜の味。翔の瞳に、復讐の炎とは違う、熱い涙がこぼれ落ちた。
美晴の言葉に、翔はしばらく沈黙を守っていたが、やがて重い口を開いた。「美晴さん……でも、これ以上は危険だ。京太郎はもう、正気じゃない。あなたと俊太君は、私が責任を持って安全な場所へ匿う」
翔の言葉に、美晴は静かに頷き、淳也の墓標に最後の一瞥をくれると、翔と共に雨の中へと消えていった。
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