いいえ。欲しいのは家族からの愛情だけなので、あなたのそれはいりません。

(第4話)今まで自分がしたことが自分に返ってくるの~使用人ミラ~

「なんでアタシがソフィラなんかに付き添わなくちゃなんないの?」

 そう言いながら盛大にため息を吐いて見せても、ソフィラはいつも通り何も言い返さなかった。
 伯爵令嬢が身一つで嫁ぎ先へ向かうなんてアタシでも分かるくらい非常識なのに、ソフィラには不安や焦燥なんかちっともなさそうだった。

「なんか言えば? ったく。 陰気臭いんだから」

 いつも通り無表情のソフィラに、アタシは舌打ちした。


 もう死んじゃったけど勤め先のスタンリー伯爵家の大奥様のことが、アタシは大嫌いだった。

「スタンリー伯爵家の使用人として、信念を持って自分に恥じない仕事をしなさい」

 使用人を集めてそんなことを言って、頑張っている使用人を褒めたりしていた。
 うげー。面倒くさい。アタシは楽できればそれでいいもん。お給料が同じなら楽な方が絶対お得!!
 奥様は、大奥様が元気な頃はメソメソしくしく。
 自分の部屋で泣けばいいのに、誰かに見てほしいのかわざとらしく目に止まる場所でいつもメソメソしてて、うざったかった。
 そのくせ大奥様が病気になったら、コロッと元気になって外国の商人を自室に呼んで買い物とかしまくってて、怖ぁって思った。
 ずっと無視してたソフィラのことだって、ある日突然、親の仇かってくらいにイジメだしたし。
 いやいや、アンタの子でしょ? やっぱ怖ぁって思ったけど、ソフィラさえイジメてれば奥様は機嫌が良かったから楽だった。
 平民のアタシがお貴族サマを虐めてお給料が貰えるってどんな天国? って思わず笑っちゃったよね。
 アタシがしたソフィラへのイジメの武勇伝(笑)を並べると、暗い倉庫に閉じ込めた。真冬に水風呂に浸からせた。ジョンの後任のシェフと一緒になってソフィラの料理だけ泥を混ぜた。ってとこかな? 
 いやいや、嬉々としてやってるアタシも大概だけど、これやらせてるの実の母親だからね(笑)マジでお貴族サマの考えてることはアタシには理解不能だわー。
 でもソフィラが嫁いじゃったらもうイジメらんなくてつまんない。今日で最後だからいっぱいイジメとかないとね。
 

「ねぇ、さっきお屋敷で言っていた『ミラー』って何?  呪いか何か? やばっ。 ウケるー。この結婚が嫌すぎてついに頭おかしくなったんじゃない?」

 プークスクスと笑うアタシに、ソフィラが初めて言葉を返した。

「ミラーは鏡。今まで自分がしたことが自分に返ってくるの」

「はぁっ?  何よそれ?  そんなことアンタに出来るはずが……」

 アタシが話してる途中で、馬車はブラウン公爵家に着いちゃった。
 初めて見るブラウン公爵家は、アタシが思ってたよりもずっとずっと立派だった。
 噓でしょ? ソフィラのくせにこれからこんな良いとこで暮らすの?  スタンリー伯爵家なんかよりずっと豪華じゃない!

「「「ソフィラお嬢様っ!!」」」

 悔しがってるアタシを無視して、大きな声が聞こえた。
 信じらんないことに、そこには何年も前にスタンリー伯爵家を首になったマリーとトムとジョンがいた。
 なんで? コイツらは奥様に首にされてどっかでのたれ死んでるはずでしょ? なのになんでコイツらがこんないいとこで働いてんのよ!!

「マリー!トム!ジョン!」

  ソフィラは今まで見せたこともないような嬉しそうな顔をして、アイツらに駆け寄った。
 何が起こってんの?  ソフィラは不幸になるために嫁いだんでしょ?  それが奥様からの最後にして最大の嫌がらせのはずでしょ? なのにどうしてソフィラは、スタンリー伯爵家では一度も見せたことのないような顔で笑ってんの?

「ソフィラ様を無事に送ってくださりありがとうございます。どうかお引き取りください」

 呆然と突っ立っていたアタシに、ブラウン公爵家の執事が話しかけてきた。言葉は丁寧だったけど、目は鋭くて冷たいの。あまりの殺気に、アタシは逃げるようにブラウン公爵家を後にした。

 なんで? なんで? なんで? 悔しい。悔しい。悔しい。
 奥様はソフィラを不幸にするために嫁がせたはずなのに! あれじゃあソフィラはまるで幸せになるために嫁いだみたいじゃない!

★☆★

 ソフィラが嫁いで半年もしないうちにアタシはスタンリー伯爵家を首になった。ううん。アタシだけじゃない。ほとんどすべての使用人が首になった。
 もう使用人を雇う余裕がないなんて。何が起こったのか、アタシにはよく分かっていない。
 アタシより頭が良い使用人は、すぐにスタンリー伯爵家から逃げ出そうとした。

「せめて紹介状を出してって奥様にお願いしないの?」

「ミラは本当に馬鹿ね。今のスタンリー伯爵家の紹介状なんて、ない方がマシよ」

「でも紹介状がないとちゃんとしたお屋敷では働けないんでしょ?」

「令嬢を虐待してたって評判になってる家の紹介状なんて持っていったら、勤め先のお嬢様に嫌がらせをしていたことを自分から告白しているようなものよ」

 でも虐待してたのは奥様で、アタシはご主人様の命令に従っていただけの良い使用人でしょ? なんでダメなの? 分からなかったアタシは、ローズ様が『希望者には』って書いてくれた紹介状を持って次の職場を探した。
 でもどこのお屋敷もスタンリー伯爵家の紹介状を見るなり不採用になった。いや、なんで? 
 
 やっと決まった勤め先は、新しい使用人がすぐに辞めるってことで有名な、使用人達の間で評判最悪の男爵家だった。
 それでもアタシは大丈夫だって思ってた。
 だってあのヤバい奥様とだって上手くやってこれたんだもん。ちょっとくらいヤバいご主人様だとしても、きっとうまくやっていけるハズ!
 だけど、評判最悪の男爵家は、評判以上にヤバかった。
 男爵が使用人をいびっているのはまぁ仕方ないかとも思ったけど、男爵からのいびりの腹いせに昔からいる使用人が新人の使用人をいびり倒していた。
 アタシももちろん標的になった。
 暗い倉庫に閉じ込められて、怖くて泣いた。
 無理矢理水風呂に入らされて、寒くて悲鳴を上げた。
 一緒にソフィラに嫌がらせをしていたシェフも同じお屋敷で働きだしたんだけど、賄いを食べた時に料理に泥が入っていて二人揃って吐き出した。

『ミラーは鏡。今まで自分がしたことが自分に返ってくるの』

 これって何の冗談? アタシがソフィラにしたことが本当にアタシに返ってきた。ソフィラには呪いの力とかそんなのがあったの?
 自分が同じ目にあって初めて分かった。
 お貴族サマとか平民とか関係ない。暗いのは怖いし、寒いのは辛いし、お腹が空くと死にたくなる。
 もしアタシがソフィラをイジメなかったら? そしたら何か変わってた? わかんない。だけど今アタシをイジメてるやつらは、あの時のアタシと同じように楽しそうだった。
 アタシだって楽しんでソフィラをイジメてた。自分が同じようにされないとそれがどんなに辛いことか考えることもしなかった。 
 本当はすぐにでも辞めたい。だけどここを辞めてしまうと、他に働く場所なんてきっとない。

『ミラーは鏡。今まで自分がしたことが自分に返ってくるの』

 だからアタシは今日も必死で思い出そうとする。
 アタシは他にもソフィラに何か酷いことをしたかな? あと何回かな? あと何回ソフィラに酷いことしたかな?
 数えきれないほどの嫌がらせを繰り返してきたアタシは、自分がしたことを全部思い出すことさえできないの。そして自分がされるとやっと思い出す。
 ああ。これもアタシが過去にソフィラにしたことのある嫌がらせだって。
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