いいえ。欲しいのは家族からの愛情だけなので、あなたのそれはいりません。

(第7話)真実の愛の残骸~父グレン~

 伯爵である俺が、平民のエミリと本当の意味で結ばれることなど無いということは、初めて会った時から痛いほど知っていた。
 それでも俺は、エミリを愛した。
 スタンリー伯爵家も、妻も、たった一人の娘であるローズさえも、エミリよりも大切だと思うことは出来なかった。
 つまりこれが、この想いこそが、真実の愛、なのだと信じていた。


「ミラー」

 屋敷を出て行くソフィラが放ったスキルのせいなのか、スタンリー伯爵家は急速に落ちぶれていった。
 始まりは、領地経営を任せていた執事がした税の不正徴収が摘発されたことだった。
 次に、妻がソフィラにしていた仕打ちが社交界で一気に広まった。これはスキルではなく、ソフィラ自身の復讐なのかもしれないが。
 だが、どちらにしろスタンリー伯爵家は長くは持たない運命だったのかもしれない。執事が税を不正に徴収しなければならないほどに、我が領の財政は圧迫されていたのだから。
 その理由の一端には、外国の商人から高額な値段でガラクタを購入させられていた妻の散財や、俺からエミリへの数々の援助もあったのかもしれない。


「そんなに急に家督をジャレットに譲るだなんて! どうして今なの? ジャレットが可哀そうよ! せめて財政を立て直してからにしてあげて!」

 引退すると宣言した俺に、妻はキンキンと煩い声で喚いた。

「スタンリー伯爵家の血を絶やすという君の望みが叶うんだ。満足だろう?」

 俺のその言葉に、妻は目を見開いた。

「俺が気付いてないとでも思ったか? 馬鹿にするのも大概にしろよ。俺の母親が倒れてから一度もしていないのに、あのタイミングで妊娠するわけがないだろ?」

 顔面を蒼白にした妻を見ても、俺は何も感じなかった。ただ早くエミリに会いたいと思った。

「……そんな……でも……だったら……どうして今まで……何も言わなかったの……」

「どうでも良かったからだよ」

「……どうでも……?」

「浅はかな君の考えなんてすべて知っていたさ。口煩い俺の母が憎かったんだろう? だから母が守ろうとしたスタンリー伯爵家の血を絶やそうとしたんだ。どうせあの双子の父親は、母が倒れた後によく呼んでいた外国の商人だろう?」

 正解だったのだろう、妻はガタガタと震えだした。

「君がソフィラを虐待した理由は、ソフィラの瞳が赤かったからだ」

「……あっ…………」

「使用人達はそれを『姑と同じ赤い瞳だから』だと、勝手に解釈したみたいだけどね。本当は違うだろう?」

「……っ……」

「本当は『赤い瞳なんて生まれるはずがなかったから』だろう」

「やめっ……」


「この国で赤い瞳を持つのは俺の母だけなのに、母とは血が繋がっていないソフィラの瞳が赤かったから。だから君は怯えたんだ。自分がした仕打ちで早死にした母の呪いだとでも思ったかい? 君はその恐怖を、ソフィラを憎んで虐げることで必死に隠していたんだ」


 妻は震えながら、怯えたように俺を見つめた。

「最後だから教えてやるよ。ソフィラの瞳が赤いのは、不思議でも何でもない。無知な君は知らなかったみたいだが、他国で赤い瞳は、この国ほどは珍しくないんだ。大方あの商人の親族にでも赤い瞳の人間がいたんだろう」

 妻は瞳を見開いた。

「まさか……そんな……。それじゃあ……ソフィラは……」

「ソフィラは、ただ瞳が赤いだけの君の子どもだよ。君は『この国で赤い瞳を持つのは俺の母だけだから、他国にも赤い瞳の人間はいない』という愚かな思い込みで、自分の子どもを意味もなく蹂躙したんだ」

「そんな……。だけど……そこまで分かっていたなら……。どうして……どうしてこんなことになる前に教えてくれなかったの……」

「だからさっきも言っただろう? どうでも良かったからだよ」

 俺にとって、エミリ以外はどうでも良かった。

 エミリに出会ったのは、妻がローズを妊娠している時だった。
 一目見た瞬間から、俺の世界はエミリだけになった。
 だから、母が、妻に何を言っても、妻から何をされても見ないふりをした。妻の浮気にも興味がなかった。領地経営は、執事に丸投げした。

 ましてや赤の他人である双子のことなんて、道端の犬と同じ程度の認識だった。

 本当は、爵位も妻もすべてを捨ててすぐにエミリと一緒に暮らしたかった。
 だけどローズは。間違いなく血の繋がった俺の娘であるローズだけは。
 エミリより大切だと思うことは出来なかったけれど、それでもローズには幸せになってほしいと願っていた。
 だからローズが優秀な婿をとるまでは、俺が爵位を守ろうと思っていた。実の娘を差し置いて、道端の犬に爵位を譲るなんてするはずがない。
 それなのにローズは、ソフィラの婚約者だった子爵家嫡男の元に嫁ぐと言い出した。
 そんなローズに俺は失望した。
 勝手なことをするローズは、俺の知らないところで勝手に幸せになればいい。ローズのことさえどうでも良いと思うようになるほどに、俺の失望は大きかったのだ。
 だから今回のことは、むしろちょうど良かった。
 沈みかかったスタンリー伯爵家に未練はない。俺はやっと真実の愛に生きることが出来るんだ。

「必要な資産を持って俺はこの家を出て行く。後は好きにすればいい」

「そんなっ。そんな自分勝手なこと……。それにスタンリー伯爵家にはもうそれほどの資産なんて……。残っている資産まで持っていかれたら、とても立て直しなんて……」

「その資産と引き換えに、ジャレットにはスタンリー伯爵家の血が一滴たりとも入っていないことは黙っていてやるよ。安いものだろう?」

 妻は目を真っ赤にして、叫んだ。

「しょっ、証拠がないわ! ジャレットが貴方の子どもでないなんて証明できないでしょう? 外国の血が混ざっているからなんて理由よりも、お義母様の血が混ざっているからソフィラの瞳が赤いということを誰だって信じるはずよ!」

「君は本当に何も知らないんだね」

「……えっ……?」

「本当の親子かどうかなんて、鑑定ですぐ証明出来るさ。そういうスキルを持っている人間がいるからね」

「……なっ……。えっ……?」

 壊れた機械のように動かなくなった妻を置いて、俺はスタンリー伯爵家を後にした。

★☆★

「エミリ!」

「グレン? 突然どうしたの? 今日は約束してなかったよね?」

 俺がプレゼントした平民には豪華すぎる家に住むエミリの元に、俺は意気揚々とやってきた。

「すべて捨ててきた。これからは一緒に暮らそう」

 エミリは、俺の言葉に『嬉しい』と飛び上がると思っていたけれど、実際は冷静だった。

「すべて捨ててグレンはこれから生活していけるの?」

「俺は伯爵だったんだ。仕事なんてすぐに見つかるさ」

「そんなに簡単じゃないと思うけどな。でもこれからはグレンも大変なんだってことは分かった。この家も返した方がいい?」

「何を言ってるんだ。ここで一緒に住むんだろ? 金ならしばらく暮らすのに十分なくらいにはあるし、エミリは今まで通り何も心配しなくていいさ」

「そのお金は、グレンがこれから生きていくために必要なお金でしょ? そんな大切なお金を私のために使ってもらうことはできないよ」

「エミリ……。そこまで俺のことを……。すべてを捨ててでも君を選んで良かったよ」

 俺はエミリを抱きしめようとした。

「だって今までグレンは、私の夢を応援してくれるスポンサーとして援助してくれてたでしょ? スポンサーじゃなくなるならお金はもらえないよ」

 だけどエミリの言葉で動きを止めた。

「スポンサー? ……俺達は、恋人だろう……?」

「私の恋人はダンスだよ。プロになりたいの。男よりも食事よりも何よりも私はダンスが好き。そんなことはグレンだって知ってるでしょ?」

「確かにエミリは『ダンスでプロになりたい』といつも言っていたけど。だけどそれは身分差のせいで俺と結婚出来ないから、強がっていただけだろ?」

「……何を言ってるの? 私の夢をそんなものだと思ってたの……?」

「もちろんダンスをしているエミリも好きだよ。だけどもうダンスで寂しさを紛らわす必要なんてないんだ」

 エミリは間違いなく喜んでくれる。俺は確信していた。

「結婚しよう。エミリにとって一番の幸せを与えられるのが俺で嬉しいよ」

 だけどエミリは、俺の愛するその美しい顔を歪めた。


「私の幸せをグレンが決めるな! 結婚が幸せなんて誰が言ったの? 私の幸せは私が決める! 私の幸せは結婚じゃない!」


 ありえない返事に、俺は言葉を失った。

「私はダンスが好き! 何よりも好き! 私の一番の幸せはダンスをしている瞬間なの! 結婚なんかよりもずっとずっと大切なものが、私にはあるの!」

 俺はすべてを捨ててエミリを、真実の愛を、選んだのに。
 それなのに、俺は選ばれなかった。
 それどころかスポンサー? 俺の真実の愛は、俺が捧げた真実の愛は、相手にとってはただの……。

 すべてを失った俺には、ただ呆然と真実の愛の残骸を見つめることしかできなかった。
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