いいえ。欲しいのは家族からの愛情だけなので、あなたのそれはいりません。

(第8話)私の大切なもう一人のお嬢様~使用人マリー~

 私には、今までお仕えした大切なお嬢様が二人いらっしゃいます。
 お一人は、ソフィラお嬢様。そしてもうお一人は、ソフィラお嬢様の姉であるローズお嬢様です。

 私は、ローズお嬢様がお産まれになった時から、専属メイドとしてお仕えしておりました。
 奥様は、最初はローズお嬢様を大切にしておられましたが、しばらくすると次の男児を産むことに必死になって、ローズお嬢様の存在を……蔑ろ……いえ……以前ほどは干渉しなくなりました。
 まだ三歳であるにも関わらずローズお嬢様は、とても賢い方でした。
 『女だから伯爵家の跡を継げない』という理由で母親から距離を置かれていることも、その原因が祖母であることも、おしゃべりな使用人達の会話などから気付いておられました。

 そして奥様は、大奥様がお倒れになってからは一層ローズお嬢様への関心が薄くなられたようでした。

「おばあ様は、私が嫌いなの?」

 我儘なんて一度も言ったことのないローズお嬢様から初めて懇願された私は、大奥様が追いやられた使用人部屋へとローズお嬢様をお連れしました。
 その使用人部屋は、大奥様が少しでも安らかに過ごせるように、大奥様を尊敬する数名のメイドが部屋を清潔にして、シェフのジョンが栄養のある美味しい食事を作り、庭師のトムが育てた明るい花を飾りました。
 奥様は、大奥様に必要最低限のメイドしかつけませんでしたが、ご自分は外国の商人とのお買い物に夢中でしたので、私達は必死で奥様の目を盗んで大奥様の部屋を訪れておりました。
 ……それでも所詮は使用人部屋です。慣れない固いベッドで一日中を過ごす大奥様は、その環境のせいもあり日に日に体調を悪くしておられました。
 奥様は、ローズお嬢様が大奥様とお話しになることを許しませんでしたので、大奥様が儚くなる直前のこの時が、お二人の最初で最後の会話となりました。

「私がローズを嫌い? そんなはずがないでしょう?」

 体を起こすのもやっとの大奥様は、苦しそうに、けれど慈愛に満ちたお顔でお答えになりました。
 その大奥様の回答が、ローズお嬢様にとっては意外だったのでしょう。愛らしい丸いほっぺを真っ赤にして、大奥様のその赤い瞳を見つめました。

「でも、私は女だから、スタンリー伯爵家を継ぐことが出来ないから……」

「性別によって孫への愛情が減るわけがないでしょう? 男だろうと女だろうと、ローズは大切な私の孫よ」

「だっておばあ様は、私が女だからお母様を苛めているって……」

「貴女が女だからスタンリー伯爵家を継げないことは事実よ。だからスタンリー伯爵家をどう継続させていくかを、息子達は考えなくてはいけない。新たに男児を産むでもいいし、貴女に婿をとったっていい。だけどそれは、家族の愛情とはまったく関係のない話よ」

 ローズお嬢様は、その零れそうなほどに大きな茶色い瞳をウルウルと潤ませて、大奥様を見つめました。

「……私は、おばあ様に愛されているの?」

「愛しているわ。貴女は私の孫だもの。どんな貴女だって無条件で愛しているわ」

 決して口には出しませんでしたが、もしかしたらローズお嬢様はそれまでずっと『家族の誰からも愛されていない』と思い詰めていたのかもしれません。
 ローズお嬢様は、ついにその瞳から涙を流されました。

★☆★

「マリー。お願い。貴女がソフィラの専属メイドになって、どうかソフィラを助けてあげて」

 ソフィラお嬢様が使用人と同じ部屋で暮らすことになると知ったローズお嬢様は、私に言いました。

「ですが……それではローズお嬢様が……」

「……私は大丈夫よ。私は、きっと大丈夫。だって私は、おばあ様に愛されていたから。たった一人だけでも私を愛してくれる家族がいた。……だから大丈夫。私は、きっと大丈夫。でもソフィラは、このままじゃ誰からの愛情も知らないまま一人ぼっちになっちゃうわ。だからお願い。マリーがソフィラを愛してあげて」

 まだ幼いローズお嬢様が、丸いほっぺと茶色い瞳を真っ赤にして必死で言葉を紡ぐ姿を前にして、その願いを断ることなど私にはとても出来ませんでした。
 大奥様が儚くなった際に、心ある使用人数名が伯爵家を退職しました。私だってローズお嬢様がいなければ、大奥様へ心無い仕打ちをしたこんな家で働き続けたいとは思いませんでした。
 使用人が一度に辞めて混乱していたせいか、手を挙げた私はあっさりソフィラお嬢様のお世話係となることが出来ました。

 それからの日々は、苦労もありましたが充実した日々でした。
 私は、ローズお嬢様にお願いされたからではなく、ソフィラお嬢様を愛しました。
 ソフィラお嬢様にお仕えする私の気持ちに、嘘偽りは一つもなかったと自信を持って断言することができます。

★☆★

「マリーとトムとジョンは解雇するわ」

 ソフィラお嬢様のスキル判定の後で、奥様にそう宣言された時には、絶望しました。
 自分の未来にではありません。ソフィラお嬢様の今後にです。

「お母様がそこまでするだなんて思っていなかったわ。……だけど私が何とかするから。マリー達を路頭に迷わせることなんて絶対にしないから」

 ローズお嬢様は、こっそりと私に声をかけてくださいました。

「私達のことは大丈夫です。それよりもソフィラお嬢様の今後を思うと胸が苦しくて……」

「……私がソフィラを庇うとお母様を刺激してしまう……。これまではマリー達がソフィラを守ってくれたけど、どうにかして私がソフィラを助けなきゃ……」

 ローズお嬢様は、決意を込めた瞳で呟いておられました。


 翌日、ローズお嬢様が再びこっそりと私に声をかけてくださいました。

「マリー。これを。トムとジョンの分もあるわ」

 私に渡されたのは、ソフィラお嬢様の婚約者となったビリー子爵令息のご実家である子爵家との雇用契約書でした。

「どうしてこんなものを……」

 私はとても驚きましたが、ローズお嬢様は優しく微笑むだけでした。

「私に出来ることは何でもするつもりだけど、それでもソフィラにとって嫁ぐまでの数年間は、きっと辛い日々になるわ。だからその分も、ソフィラがビリー様に嫁いだその時は、どうか貴女達もソフィラの幸せを支えてあげて」

 私達が子爵家で働くことは、絶対に知られるわけにはいきませんでした。もし奥様に知られたら、きっとどんな手を使ってでも妨害してくるでしょうから。
 そのためスタンリー伯爵家の誰にも、ソフィラお嬢様にも言うことが出来ませんでした。

 私達は、またソフィラお嬢様の許でお仕え出来る日を心から待っておりました。ソフィラお嬢様が一刻も早くスタンリー伯爵家から解放されて、子爵家へと嫁いでいらっしゃるその日を待ちわびておりました。


「君達に引き抜きの話が出来ているんだ」

 ビリー様に呼び出された私とジョンとトムは、その予想外の言葉に目を丸くしました。

「……たかが使用人にすぎない私達に引き抜き、ですか……?」

「本来はこういう話は子爵である父からすべきなんだけどね。君達を採用すると決めたのは僕の一存だったから、今回の件も僕から話すよ」

 ビリー様は、いつもの穏やかな表情のままお話を続けました。

「ブラウン公爵家から、君達三人を引き抜きたいと依頼が来ている。君達にとってとても良い話だと思うよ」

 公爵家? どうして私達なんかに公爵家からそんな話が? 疑問には思いましたが、私達の気持ちは同じでした。

「大変ありがたいお話ですが、辞退させていただくことは出来ますでしょうか?」

「どうかこの子爵家で働かせでください」

「ビリー様の奥様となるソフィラお嬢様のいるお屋敷で働きたいのです」

 私達の言葉に、ビリー様は優しく微笑みました。

「君達にそれほど愛されるソフィラ様に、僕も会ってみたかったよ。スタンリー伯爵夫人は、婚約者である僕にさえソフィラ様を会わせることはなかったからね」

「会って、みたかった? それは一体どういう……」

「僕とソフィラ様との婚約は解消されたんだ」

 あまりのことに私達は言葉を失いました。
 婚約が解消された? それではソフィラお嬢様は……。まさかずっとあのスタンリー伯爵家で暮らさなくてはいけないのでしょうか……。

「大丈夫だよ。ソフィラ様は幸せになる。きっとそのために君達がブラウン公爵家へ行くことも必要なんだろう」

 いつもの穏やかな表情のまま、それでもビリー様は断言されました。
 私達は、ビリー様のその確信めいた瞳を信じることにしました。どの道、ソフィラ様が子爵家に嫁ぐことがないのなら、働きやすい職場ではありましたが、ここでないといけないという理由はないのです。


「マリー! トム! ジョン!」

 別れを告げたあの日より更に痩せてしまったソフィラお嬢様が、それでも六年前と同じ輝く笑顔で私達に駆け寄ってきてくださった時には、私達三人とも思わず涙を流してしまいました。

 あぁ。良かった。本当に良かった。今日という日が迎えられて本当に良かった。そう心から思いました。

 ソフィラお嬢様の幸せを心で祈るだけの日々は終わりです。
 これからは、愛するソフィラ奥様が幸せに過ごせるように、私達はいつも近くでお仕えすることが出来るのです。
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