いいえ。欲しいのは家族からの愛情だけなので、あなたのそれはいりません。

(第9話)ある婚約者同士の会話~姉ローズと元婚約者ビリー~

「ビリー様! どうして私との婚約を、解消してくれないのですか?」

「婚約解消なんて普通ではないのに、ローズ様は僕に二回もそんなことをさせるつもりですか?」

「ですが! 私の実家であるスタンリー伯爵家は、……きっと爵位を返上せざるを得ないと思います。政略結婚の意味はなくなりますし、そんな私と結婚してもビリー様にメリットなんて……」

「メリットなんていりませんよ。僕はローズ様が好きだから、君と結婚したいのです」

「……はっ!? なっ、なにを言って……」

「妹の婚約者である僕を突然訪ねてきて『ソフィラの幸せのために使用人を三人雇ってほしい』と言い出した時には、なんて非常識な人だろうと思いましたけどね」

「それは……。ありえないことをしたという自覚はあります。でもあの時は必死で……」

「ええ。話しているとただ必死なだけなのだと分かりました。妹のために、常識も何もかも吹き飛ばして必死で行動しているだけだと。だからあの時の僕には、君の願いを叶えるという選択しか出来なかった」

「マリー達のことは、本当に感謝しています。ですが……私達の婚約は……」

「僕達の婚約は、ソフィラ様を本当に愛する人と結婚させるため、でしたよね?」

「……はい。……ソフィラには愛する人がいると知って……だから……」

「また突然僕を訪ねてきて『ソフィラの幸せのために婚約を解消してほしい』と、必死でしたね」

「……はい……」

「いきなり使用人を三人採用すると言った僕に驚きながらも、家族は認めてくれました。そして僕が採用した彼らは、誠実にとても良く働いてくれた。だからこそスタンリー伯爵夫人からの『妹との婚約を解消して姉と再婚約させる』というありえない命令を受け入れた僕の選択を、家族はまた認めてくれました」

「子爵家の皆様にもご不快な思いをさせて申し訳ございません。……まさか母があんな風に子爵家に通達をするとは思わなかったんです……」

「僕は嬉しかったんですよ。たとえ妹の幸せのためだとしても、ローズ様が僕に、『私と婚約してほしい』と言ってくれたことが」

「……ビリー様……」

「だから婚約は解消しません」

「スタンリー伯爵家の爵位が返上されたら、私はただの平民になります」

「希少な『癒し』のスキルの使い手であれば、誰にも反対されません」

「……確かに、特殊なスキルを持つ平民が貴族と結婚した、という例はあります。……でも……。私には『ミラー』がかけられています」

「ソフィラ様のスキルですね?」

「はい。……私は、スタンリー伯爵家でソフィラを虐げていました。だからその報いが返ってくるのは当然なんです。妹を傷つけた私が不幸になることは、当然のことです。……ですからそんな私と結婚をしたら、きっとビリー様にもご迷惑がかかります」

「『ミラー』は、きっとそんなに単純なスキルではありませんよ」

「……えっ?」

「ローズ様がしたことは、ソフィラ様を守るために必要だったからでしょう?」
 
「……どうして……」

「分かりますよ。妹のためなら常識すら覆して必死で行動する貴女が、その妹を虐げるはずがない」

「いえ! 私はソフィラを虐げたんです! 使用人達もいる前で、ソフィラを罵りました」

「ローズ様が庇うと余計にソフィラ様が虐げられると、分かっていたのでしょう? だからせめて貴女が人前で罵ることで、他の者達の暴力から守っていたんだ。伯爵令嬢である貴女がソフィラ様を罵っている間は、使用人がソフィラ様に暴行することは出来ませんから」

「……ソフィラの食事を床に捨てて、自分の食べ残しを食べさせました」

「ソフィラ様の食事はとても食べられるようなものではなかった。伯爵夫人の見ている前で自分の食事を分け与えるには、そうするしかなかったのでしょう?」

「……『子爵夫人だなんて分不相応だ』と嘲笑って、ソフィラの婚約を解消させました」

「だからそれも、ソフィラ様のためでしょう? 婚約の解消を伯爵夫人に納得させるためには、それも虐待の一部だと思わせる必要があった」

「……ですが……。……理由なんて関係ありません! 私がソフィラにしたことはすべて虐待です。だから私は、その罰を受けなければいけません」

「どうしてですか?」

「……えっ?」

「どうしてローズ様は、そんなに自分を蔑ろにするのですか?」

「私は別に……」

「ソフィラ様が産まれた時、貴女はまだ三歳だった。そんな幼い子どもに何が出来ますか? それでもローズ様はソフィラ様を守ろうとしたんでしょう? 自分に出来る精一杯で、貴女はいつだってソフィラ様を守ろうとしていた。振るいたくもない言葉の暴力を振るい、自分の食事を分け与え、愛してもいない格下の男に嫁ごうとまでした。確かにソフィラ様は、それで救われたかもしれません。でも、それではローズ様は? 貴女の幸せはどこにあるのですか?」

「私は……私は……大丈夫なんです。……だって……おばあ様に愛されていたから」

「……おばあ様?」

「たった一人だけだとしても、私を愛してくれた家族がいました。私はあの時に、一生分の愛情を受け取ったんです。だから私は、もう誰からも愛されなくても大丈夫なんです。だから私も、家族の中で私だけでも、ソフィラを愛してあげたかった。だってソフィラは私の大切な妹だから」

「たとえソフィラ様に憎まれても?」

「はい。ソフィラは、他の家族と同じように私のことも憎んでいると思います。でもそれでいいんです。スタンリー伯爵家のことなんて忘れて、ソフィラには幸せになってほしい」

「ソフィラ様を守るためだけに必死で行動したローズ様には、今までソフィラ様のために尽くした分だけ幸せが返ってきます。それこそがソフィラ様がかけた『ミラー』なのだと、僕はそう思いますよ」

「そんなはず……。だって私は……私がソフィラを虐げたのは、事実なのに……」

「だから『ミラー』は、きっとそんなに単純なスキルではありませんよ。ソフィラ様を心から愛して行動した人間に、そんな仕打ちが返ってくるはずがありません。事実ではなく、心に基づいて、返ってくるものだと思います」

「……どうして……。どうしてビリー様は、そんなに確信を持って言えるのですか?」

「僕のスキルも、ローズ様のスキルと同じくらいには希少なんですよ? 『予知』のスキルです」

「……えっ?」

「いくらなんでも十三歳の息子が使用人三人を即日で採用するだなんて、普通なら認めるはずがないじゃないですか。僕のスキルがあったから、家族は僕の選択を信じてくれたんです。まあ、あの時はスキルを使わずに、選択したんですがね」

「……私はビリー様のスキルすら、知りませんでした……」

「今までのローズ様は、いつだってソフィラ様のためだけに必死でしたからね。ソフィラ様が幸せになった今、今度こそご自分のために生きてみてもいいのではないでしょうか?」

「……私が……こんな私が……幸せを願っても良いのでしょうか?」

「ソフィラ様も、ローズ様の幸せを願っていますよ」

「……そんなはず……」

「見えたんです。僕と結婚をしたローズ様宛に、ソフィラ様から書簡が届きます」

「……ソフィラから……?」

「愛する夫と義妹の傷痕を『癒し』のスキルで癒してほしいと。『癒し』のスキルは希少ですが、唯一ではありません。憎んでいる相手に、依頼する必要がありますか?」

「……私は、もうソフィラに会うことは叶わないと思っていました。ソフィラには一生憎まれたままだと。それでもソフィラが幸せだったら、それでいいと。だけど私は、私はまた……ソフィラと会うことが……出来るのですか?」

「その時には、ソフィラ様を守るために辛い演技をする必要はありませんね」

「……そうですね。そんな日が……そんな日が……本当に来るのなら……。私の十六年間は……すべて報われると……そう思います」

「その時に、ローズ様の隣にいたいという僕の願いも叶えてはくれませんか?」

「……もう答えは分かっているのでしょう?」

「えっ?」

「だってビリー様の『予知』で、私は貴方と結婚をしていたのだから」

「あっ。ははっ。そうですね。ローズ様。貴女は、僕と結婚をするのです」

「ビリー様は、平民の私でも、妹を虐げていた私でも、それでも良いと言ってくださいました。どうかこれから私に、ビリー様のことを教えてください。……もっとビリー様のことを知りたいのです」

「スキルを使わなくても断言出来ます。ローズ様は、僕と必ず幸せになれます」
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