零班は落第寸前!――名門男子校は秘密のスパイ養成学校でした――
それから一週間、俺は射的の合間に問題集を開いた。開いては閉じ、閉じては開いた。歴史の年号を見ていると、母さんが「景品補充ー」と呼ぶ。算数を解いていると、父さんが「直、棚が水平か見てくれ、どうも傾いてる」と言う。射的屋の息子の受験勉強は、案外落ち着かなかった。

試験前日の夜、俺は布団の中で天井を見ていた。

本当に記念受験で終わる気がしていたし、それで別にかまわなかった。今の学校にも友達はいるし、温泉街も好きだ。朝の川の匂いも、観光客が増える連休前のそわそわした空気も、店先で猫が勝手に寝ている感じも、全部見慣れていて落ち着く。

たぶん俺は、どこにでもいる普通の男子だった。

ちょっとだけ銃が当たる、それだけだ。

翌朝、駅まで見送りに来た母さんが、ホームで俺の襟を直しながら言った。

「直、緊張してる?」

「ちょっと」

「いいこと教えてあげる」

「嫌な予感しかしない」

「試験官の眉間を狙うつもりで挑みなさい」

「殺し屋か!」

母さんはけらけら笑った。

「冗談冗談。落ち着いて、ちゃんと見て、ちゃんと答えればいいの。あんた、見てるときは結構すごいんだから」

「だから、その言い方がよくわかんないんだって」

「じゃあ、もっとわかりやすく言う。変なことがあっても、人のせいにしないで、自分の目で見なさい」

「受験のアドバイスとしては独特だな」

「うちの息子にはそれが一番効くの」

電車が来て、俺は乗り込んだ。窓の向こうで母さんがぶんぶん手を振っている。父さんはなぜか温泉たまごを二個持っていた。あの人はたぶん最後まで意味がわかっていない。

車内で俺はパンフをもう一度開いた。

鷹ノ宮学園中等部。

山あいに広い敷地を持つ、由緒ある全寮制の名門校。少人数教育。自主自律。心身の鍛錬。品格ある人材育成。

どう見ても、俺みたいな温泉街の射的屋の息子がふらっと行く学校じゃない。

「当たればラッキー、か……」

小さくつぶやいて、俺はパンフを閉じた。
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