零班は落第寸前!――名門男子校は秘密のスパイ養成学校でした――
失敗は、開始五分で来た。
二年棟の渡り廊下の角から、秋月先輩が出てきた。今日も制服の着方がきれいで、片手に薄い書類を抱えている。相変わらず足音がしない。ほんとに人間かとたまに思う。
「距離を取れ」
九条が小さく言った。
俺たちは言われたとおりばらけた。たぶん、そのつもりだった。
ところが、白鷺が廊下を曲がった瞬間、向こうから来た司書の先生らしい人に声をかけられた。
「君、図書委員?ちょうどいい、この返却本を閲覧室へ」
白鷺の笑顔が一瞬だけ固まる。
「え、あ、はい」
白鷺は本の山を抱えたまま低く返した。
「うますぎたんだよ!」
その時点で、前衛が消えた。
「有馬、詰まるな」
九条の声が飛んだ。
「詰まってない!」
言い返した瞬間、後ろから軽くぶつかられた。振り向くと、大河内だった。
「……見えない」
「豪、前が消えたのわかるけど近い!」
さらにその横で、火村の帽子のつばについた小さい鏡が、窓の光を拾ってぴかっと光った。
ちょうどその反射が、秋月先輩の肩あたりに飛んだ。
「うわ」
俺が言った。
「火村!」
「自然光だ!」
「自然に俺たちが終わる!」
秋月先輩が、ぴたりと足を止めた。
終わった、と思った。
俺たちは反射で散った。俺は壁の掲示を読むふりをし、火村は帽子を直すふりをし、大河内は細い柱の影に入ろうとして半分以上はみ出した。全然隠れてなかった。
秋月先輩はゆっくり振り向いて、こっちを見た。
目が合った。
俺はものすごい速さで目をそらした。
数秒後、先輩は何も言わず、また歩き出した。
「助かった……」
俺が吐き出すと、九条が横から刺した。
「お前、目をそらしすぎだ。あれでは“見てました”と札を下げているのと同じだ」
「俺にだけ厳しいな!」
「全員に厳しい」
そのとき、白鷺が本の山を返し終わったようで、戻ってきた。
「任務中に実務を増やされるの、どういうこと!?」
「図書委員が板についてたな」
「うれしくない!」
火村が帽子をしまいながら言った。
「でも秋月先輩、気づいてたよな」
「気づいてなかったら怖いだろ」
「いや、今も十分怖い」
そのまま尾行を続けると、秋月先輩は本校舎の奥、旧資料棟脇の小さな閲覧室へ入っていった。古い木の扉に、すりガラスの小窓がついている。廊下は人通りが少なくて、壁のランプだけが静かに灯っていた。
白鷺は、目を光らせた。
「チャンスだね」
九条がすぐ言った。
「白鷺だけでいい。お前は扉脇、有馬は角で見張り、火村は道具を出すな。大河内――」
「集音筒ならこの角度で――」
「出すなと言った」
「もう出てる」
「しまえ」
俺は扉のそばへ寄った白鷺を見た。白鷺はすりガラスの下にしゃがみこみ、耳を近づける。火村は言われたのに集音筒を出して、反対側から扉の隙間に当てようとしていた。大河内は二人の後ろで、なぜか転ばないように支える気満々で立っている。九条は額に手を当てていた。
「だから一人で――」
そのときだった。
扉が、いきなり開いた。
二年棟の渡り廊下の角から、秋月先輩が出てきた。今日も制服の着方がきれいで、片手に薄い書類を抱えている。相変わらず足音がしない。ほんとに人間かとたまに思う。
「距離を取れ」
九条が小さく言った。
俺たちは言われたとおりばらけた。たぶん、そのつもりだった。
ところが、白鷺が廊下を曲がった瞬間、向こうから来た司書の先生らしい人に声をかけられた。
「君、図書委員?ちょうどいい、この返却本を閲覧室へ」
白鷺の笑顔が一瞬だけ固まる。
「え、あ、はい」
白鷺は本の山を抱えたまま低く返した。
「うますぎたんだよ!」
その時点で、前衛が消えた。
「有馬、詰まるな」
九条の声が飛んだ。
「詰まってない!」
言い返した瞬間、後ろから軽くぶつかられた。振り向くと、大河内だった。
「……見えない」
「豪、前が消えたのわかるけど近い!」
さらにその横で、火村の帽子のつばについた小さい鏡が、窓の光を拾ってぴかっと光った。
ちょうどその反射が、秋月先輩の肩あたりに飛んだ。
「うわ」
俺が言った。
「火村!」
「自然光だ!」
「自然に俺たちが終わる!」
秋月先輩が、ぴたりと足を止めた。
終わった、と思った。
俺たちは反射で散った。俺は壁の掲示を読むふりをし、火村は帽子を直すふりをし、大河内は細い柱の影に入ろうとして半分以上はみ出した。全然隠れてなかった。
秋月先輩はゆっくり振り向いて、こっちを見た。
目が合った。
俺はものすごい速さで目をそらした。
数秒後、先輩は何も言わず、また歩き出した。
「助かった……」
俺が吐き出すと、九条が横から刺した。
「お前、目をそらしすぎだ。あれでは“見てました”と札を下げているのと同じだ」
「俺にだけ厳しいな!」
「全員に厳しい」
そのとき、白鷺が本の山を返し終わったようで、戻ってきた。
「任務中に実務を増やされるの、どういうこと!?」
「図書委員が板についてたな」
「うれしくない!」
火村が帽子をしまいながら言った。
「でも秋月先輩、気づいてたよな」
「気づいてなかったら怖いだろ」
「いや、今も十分怖い」
そのまま尾行を続けると、秋月先輩は本校舎の奥、旧資料棟脇の小さな閲覧室へ入っていった。古い木の扉に、すりガラスの小窓がついている。廊下は人通りが少なくて、壁のランプだけが静かに灯っていた。
白鷺は、目を光らせた。
「チャンスだね」
九条がすぐ言った。
「白鷺だけでいい。お前は扉脇、有馬は角で見張り、火村は道具を出すな。大河内――」
「集音筒ならこの角度で――」
「出すなと言った」
「もう出てる」
「しまえ」
俺は扉のそばへ寄った白鷺を見た。白鷺はすりガラスの下にしゃがみこみ、耳を近づける。火村は言われたのに集音筒を出して、反対側から扉の隙間に当てようとしていた。大河内は二人の後ろで、なぜか転ばないように支える気満々で立っている。九条は額に手を当てていた。
「だから一人で――」
そのときだった。
扉が、いきなり開いた。