零班は落第寸前!――名門男子校は秘密のスパイ養成学校でした――
秋月先輩は少しだけ窓の外を見た。
「高等部の生徒会書記。真砂迅先輩」
火村が目を見開いた。
「真砂先輩!?」
白鷺が言った。
「うわ、歩く校則全文」
「その呼び方、本人の前ではやめたほうがいいよ」
秋月先輩はそう言ってから、声を少し落とした。
「昨夜、試験が始まった直後、西回廊へ正面から入れた生徒は限られてた。事務、教官の使い、あと生徒会関係」
九条がすぐに続ける。
「入る時は堂々と、か」
「うん。でも出た後は別だ」
秋月先輩の指が、机の上の空箱を軽くなぞった。
「赤い封筒騒ぎの中で、黒い封筒を持って正面を通るのは危ない。だから、入る時は正面、出た後だけ死角を使う。そのほうが自然だ」
そこで、俺の頭の中で昨夜の光景がつながった。
見張りの正面を通った真砂先輩。
そのあと、死角の三歩を滑った影。
脇の回廊から出てきた秋月先輩。
「じゃあ、俺が見た影……」
「たぶん真砂先輩」
秋月先輩は言った。
「追いきれなかったから断定はまだできない。でも、いくつか引っかかってる」
「何が」
俺が聞くと、秋月先輩は指を二本立てた。
「一つ。真砂先輩は普段、最短距離しか歩かない。でも昨夜だけ、校長室側から生徒会室へ戻るのに、わざわざ旧資料棟側の連絡階段へ回った」
九条がうなずく。
「不自然だな」
「もう一つ。出てきた時だけ、歩幅が少し狭かった。左の脇を締めて、制服の前を一瞬押さえた。薄い書類を内側に滑らせた時の歩き方だった。……それに」
秋月先輩は少し迷ってから続けた。
「今朝、西回廊の警備が増えたあと、真砂先輩は窓ガラスに映るあの回廊を二回見た。あの人は、関係ない場所を確認する人じゃない」
白鷺が口元を押さえた。
「こわ。模範生ほど黒いと、だいぶこわい」
「決めつけるのはまだ早い」
秋月先輩はすぐ言った。
「でも、疑う価値はある」
部屋の中が静かになった。
真砂迅。
昼に食堂で見た、歩き方まで模範解答みたいな先輩。見張りが自然に道を開けた、生徒会書記。あの整いすぎた人が、赤い封筒の試験の混乱を使って、黒い封筒を持ち出したかもしれない。
俺はなんだか変な気分になった。
感じのいい秋月先輩を疑って、勝手に尾けて、勝手に転げ込んで、しかも犯人は別かもしれない。
「……先輩」
「うん?」
「疑って、すみませんでした」
秋月先輩は、少しだけ目をやわらげた。
「いいよ。疑うのは悪くない。ただ、次はもう少しうまくやって」
火村が元気よく聞いた。
「例えばどうやって?」
「五人で扉に重ならない」
「そこから!?」
「大事だよ」
秋月先輩は扉に手をかけながら、最後に言った。
「君たち、動くなら雑に突っこまないで。真砂先輩は、秋月柊真よりずっと面倒だよ」
「自分で言うんですね」
俺が言うと、先輩は少し笑った。
「比較対象としてね」
扉が開いて、夕方の回廊の空気が流れこんだ。
その向こうを、銀の生徒会章が音もなく横切った。
俺たちが次に追うべき相手は、もう秋月先輩じゃなかった。真砂迅先輩だった。
「高等部の生徒会書記。真砂迅先輩」
火村が目を見開いた。
「真砂先輩!?」
白鷺が言った。
「うわ、歩く校則全文」
「その呼び方、本人の前ではやめたほうがいいよ」
秋月先輩はそう言ってから、声を少し落とした。
「昨夜、試験が始まった直後、西回廊へ正面から入れた生徒は限られてた。事務、教官の使い、あと生徒会関係」
九条がすぐに続ける。
「入る時は堂々と、か」
「うん。でも出た後は別だ」
秋月先輩の指が、机の上の空箱を軽くなぞった。
「赤い封筒騒ぎの中で、黒い封筒を持って正面を通るのは危ない。だから、入る時は正面、出た後だけ死角を使う。そのほうが自然だ」
そこで、俺の頭の中で昨夜の光景がつながった。
見張りの正面を通った真砂先輩。
そのあと、死角の三歩を滑った影。
脇の回廊から出てきた秋月先輩。
「じゃあ、俺が見た影……」
「たぶん真砂先輩」
秋月先輩は言った。
「追いきれなかったから断定はまだできない。でも、いくつか引っかかってる」
「何が」
俺が聞くと、秋月先輩は指を二本立てた。
「一つ。真砂先輩は普段、最短距離しか歩かない。でも昨夜だけ、校長室側から生徒会室へ戻るのに、わざわざ旧資料棟側の連絡階段へ回った」
九条がうなずく。
「不自然だな」
「もう一つ。出てきた時だけ、歩幅が少し狭かった。左の脇を締めて、制服の前を一瞬押さえた。薄い書類を内側に滑らせた時の歩き方だった。……それに」
秋月先輩は少し迷ってから続けた。
「今朝、西回廊の警備が増えたあと、真砂先輩は窓ガラスに映るあの回廊を二回見た。あの人は、関係ない場所を確認する人じゃない」
白鷺が口元を押さえた。
「こわ。模範生ほど黒いと、だいぶこわい」
「決めつけるのはまだ早い」
秋月先輩はすぐ言った。
「でも、疑う価値はある」
部屋の中が静かになった。
真砂迅。
昼に食堂で見た、歩き方まで模範解答みたいな先輩。見張りが自然に道を開けた、生徒会書記。あの整いすぎた人が、赤い封筒の試験の混乱を使って、黒い封筒を持ち出したかもしれない。
俺はなんだか変な気分になった。
感じのいい秋月先輩を疑って、勝手に尾けて、勝手に転げ込んで、しかも犯人は別かもしれない。
「……先輩」
「うん?」
「疑って、すみませんでした」
秋月先輩は、少しだけ目をやわらげた。
「いいよ。疑うのは悪くない。ただ、次はもう少しうまくやって」
火村が元気よく聞いた。
「例えばどうやって?」
「五人で扉に重ならない」
「そこから!?」
「大事だよ」
秋月先輩は扉に手をかけながら、最後に言った。
「君たち、動くなら雑に突っこまないで。真砂先輩は、秋月柊真よりずっと面倒だよ」
「自分で言うんですね」
俺が言うと、先輩は少し笑った。
「比較対象としてね」
扉が開いて、夕方の回廊の空気が流れこんだ。
その向こうを、銀の生徒会章が音もなく横切った。
俺たちが次に追うべき相手は、もう秋月先輩じゃなかった。真砂迅先輩だった。