零班は落第寸前!――名門男子校は秘密のスパイ養成学校でした――
扉を閉めた瞬間だった。

「だから勝手に動くなと言った」

九条が振り向きざまに言った。

白鷺の眉がぴくっと上がる。

「は?お前だって引きすぎだろ。距離取れ距離取れって、それで見失ってたら意味ないじゃん」

「近づきすぎて気取られるほうが愚かだ」

「言い方!」

大河内が小さく言った。

「……俺、目立った」

「豪のせいじゃない」

俺は反射で言ったけど、九条は容赦なかった。

「少なくとも隠密には向いていないな」

「九条!」

今度は俺が言った。

九条が俺を見た。

「何だ」

「そういう言い方、やめろよ」

「事実を言っているだけだ」

「それで毎回空気悪くしてたら世話ないだろ!」

白鷺が乾いた笑いをこぼした。

「うわ、ついに有馬までキレた」

「お前はそこ笑うな!」

古いピアノの横に立ったまま、部屋の空気がぎすぎすした。夕日が斜めに差しこんで、使われてない譜面台の影が長く伸びている。黙ってれば雰囲気のある部屋なのに、今は全然よくなかった。

火村が鞄を床に置いた。

「もういいよ。俺、道具出さない。どうせ危ないって言われるし」

白鷺が腕を組む。

「俺も勝手に動くなって言われるなら、もう動かない。はいはい、優秀な秀才くんの指示待ちしますよ」

「皮肉を言う暇があるなら――」

「もういいって!」

気づいたら、俺が一番大きい声を出していた。

四人がいっせいにこっちを見た。

喉の奥が熱かった。うまく言えないのに、言わないと余計にむかついた。

「俺たち、さっきから全員ばらばらじゃん。お前はお前で勝手だし、お前はお前で言い方きついし、火村は落ち着けないし、豪は一人で背負おうとするし……俺だってそうだよ。俺は狙うことしかできないんだよ」

言ってから、しんとした。

自分で言ったくせに、思ったより刺さった。

「人の顔読むのも苦手だし、嘘つくのも無理だし、こういうときにうまいこと立ち回れない。真砂先輩が怪しいってわかっても、俺一人じゃ何もできない」

白鷺が、さっきまでの調子のいい顔を少しだけ消した。

「……でも、“一人じゃ”は全員だよ」

俺は顔を上げた。

白鷺は譜面台の先を指ではじきながら、わざとじゃないくらいの小さい声で言った。

「じゃあ俺は、真似ることしかできない。変装とか物まねとか、好きだけどさ」

火村も床を見たまま続けた。

「俺だって、作ることしかできない。役に立つの作りたいのに、だいたい途中で危ないって言われる。……いや、危ないのはあるんだけど」

「あるのかよ」

思わずつっこむと、火村がしょんぼりした顔でうなずいた。

「ある」

「そこは胸張るなよ」

その横で、大河内がぽつりと言った。

「……俺、持つことしか」

短いけど、その続きがある顔だったから、俺たちは黙って待った。

「近いと、みんな見る。隠れるの苦手。壊すし。……置いていかれるの、嫌」

最後の一言だけ、少しだけ大きかった。

なんかその言い方が、妙にまっすぐで、胸に残った。

九条はしばらく黙っていた。窓の外を見ているのか、俺たちを見てるのか、よくわからない顔だった。

やがて、小さく息を吐いた。

「僕は、覚えることと考えることしかできない」

今度はこっちが、え、って顔になった。

九条はたぶん、それをわかっていた。

「だから人に合わせるのが下手だ。失敗が嫌いだから、先に切る。言い方が悪いのも、自覚はある」

白鷺が目を丸くした。

「うわ、九条が反省した」

「してはいない。自覚しているだけだ」

「そこ大事?」

「大事だ」

火村がぼそっと言った。

「でもちょっとだけえらい」

「上からだな」

そこで、白鷺がふっと笑った。

「なにそれ。零班、見事に“しか”の集まりじゃん」

笑える話じゃないはずなのに、少しだけ空気が緩んだ。
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