零班は落第寸前!――名門男子校は秘密のスパイ養成学校でした――
九条が黒板の前まで歩いていって、チョークを取った。古い準備室の黒板に、きゅっと白い線が引かれる。

「なら、その“しか”を並べる」

白鷺がまばたきした。

「お」

「さっき見たことを、順に出せ。文句は後だ」

その言い方は相変わらず偉そうだったけど、さっきまでと少し違った。

一人で決めるんじゃなく、最初から俺たちを数に入れてる言い方だった。

白鷺が一番に言った。

「真砂先輩、旧校舎西廊下に入る前、一回だけ裾を払ってた」

「ほこり?」

俺が聞くと、白鷺はうなずいた。

「たぶん。あの人、ああいう無駄な動きしないタイプだろ」

火村が手を挙げる。

「展示戸棚の下枠、傷が新しかった。あと、あのへん、湿った鉄のにおいがした」

「鉄のにおいって何だよ」

「古い金具と油と湿気が混ざったやつ。工作室の倉庫の奥みたいな」

「わかるようなわからないような例えだな」

大河内が床を見るみたいにして言った。

「……突き当たり、音ちがった」

「音?」

「床。手前は木。戸棚の前だけ、下が空いてる音」

今度は九条がうなずいた。

「僕もそれは聞いた」

俺も思い出しながら言った。

「真砂先輩が消えた位置、右にも左にも何もなかった。でも、俺の立ってた角度からだと、展示戸棚のガラスの反射が一瞬だけ切れた。あそこ、たぶん少し動いてる」

九条が黒板にざっと廊下の図を描いた。突き当たり。展示戸棚。窓。俺たちの位置。

「黒い封筒の中身は地下施設の見取り図だった」

火村が顔を上げる。

「うん」

「旧校舎の奥で人が消えた。床は空洞。展示戸棚に新しい傷。真砂先輩はあの場所を知っている」

白鷺が目を細めた。

「つまり?」

九条は、今度ははっきり言った。

「真砂迅先輩は、地下通路を使っている」

部屋の中が、しんと静かになった。

でも今の静けさは、さっきまでの気まずいやつじゃなかった。

ばらばらだったものが、ようやく一つの線でつながったときの静けさだった。

俺は黒板の図を見た。

「じゃあ、旧校舎のあそこに入口があるってことか」

「可能性は高い」

「可能性じゃなくて、見に行こうよ」

白鷺が言った。

「今から」

「今は人がいる」

九条が即答した。

「夕食、点呼、消灯、巡回。その全部がある時間に旧校舎をうろつくのは愚かだ」

「じゃあ夜?」

「夜だ」

大河内が、黒板の突き当たりを見つめたまま聞いた。

「……入口、開く?」

「真砂先輩が開けたなら開くだろ」

俺が答えると、大河内は少しだけ困った顔をした。

「……壊すかも」

「だから一人でやるな」

俺は反射で言っていた。

四人がまたこっちを見る。

「一人でやるの、なしだ。豪だけじゃなくて全員。今度はばらばらで突っこまない」

白鷺がにやっとした。

「有馬、いまちょっと班長っぽかった」

「やめろ。似合わない」

「同意だ」

九条が言った。

「お前ほんと一言多いな!」

「今回は役割を固定する」

黒板に名前が並んだ。

白鷺――見張りと真砂の動作の再現
九条――巡回の時間確認と全体判断
火村――音の出ない細工具
大河内――重量物の操作
有馬――真砂の手元と位置の観察

白鷺が黒板を見て言った。

「お、俺のとこ、ちゃんと“変装マニア”じゃなくて仕事っぽい」

「白鷺」

「はい」

九条はチョークを持ったまま、少しだけ間を置いた。

「見張り、頼む」

白鷺が固まった。

「……今、頼むって言った?」

「一度しか言わない」

「うわ、なんか気持ち悪い」

「感想が最低だな」

でも白鷺は、ちょっとだけうれしそうだった。

火村も胸を張る。

「じゃあ俺、爆ぜないやつだけ持ってく」

「そこに注釈が必要なのが怖い」

「信用がないなあ」

「実績だよ」

大河内が短くうなずいた。

「……運ぶ」

俺も言った。

「見る」

九条は黒板を見たまま言った。

「よし」

たった二文字だったけど、それで十分だった。

そこで初めて、零班の返事が同じ向きでそろった気がした。
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