零班は落第寸前!――名門男子校は秘密のスパイ養成学校でした――
校長室は、昨日と同じく静かだった。
重たい机、古い絵、分厚いカーテン。机の端にはもう封筒は置かれていなくて、かわりに封をし直された黒い封筒がひとつあった。
校長は俺たちを見ると、ゆっくり言った。
「まず結論から。今回の件は、外部にも校内にも大きくは公表しない」
白鷺がすぐ聞いた。
「どのへんまで小さくするんですか」
「表向きには、祭り会場での運営上の混乱と、生徒会内の規律違反だ」
「うっす」
火村が思わず言った。
「その一言に、だいぶ詰めこみましたね」
九条が腕を組んだ。
「それ以外に方法がない」
校長は穏やかな顔のまま続けた。
「町の客人に、本校の裏側まで説明する必要はない。在校生にも同じだ。真砂迅の名も、君たちの名も、報告書にはほとんど残らない」
白鷺が眉を下げた。
「ええ~。せっかく俺、紙テープまみれで主人公みたいに着地したのに」
「祭りの真ん中で自分を物語の中心に置くな」
俺が言うと、白鷺は口を尖らせた。
「有馬、最近つっこみの精度が上がってない?」
「お前のせいだよ」
火村が黒い封筒をちらっと見た。
「じゃあ、俺たちの手柄もなし?」
「ほぼな」
篠宮教官があっさり言った。
「火村の無許可工作、白鷺の無断変装、大河内の祭り設備封鎖、九条の無許可指揮、有馬の会場設備の私的利用。本来なら全員減点だ」
白鷺が天井を見た。
「働き損の香り」
篠宮教官はそこで、ほんの少しだけ間を置いた。
「ただし、今回は留保する」
今度は全員が黙った。
火村が一番に顔を上げた。
「留保?」
「保留だ。見逃しではない」
「褒賞ゼロで減点保留」
そのとき、俺は前から聞こうと思っていたことを口にしていた。
「校長」
「何かな、有馬直」
「零班って、結局なんなんですか」
校長は少しだけ目を細めた。
笑っているのに、底が見えない顔だった。
「君はどう思っていた?」
「落第寸前の寄せ集め、です」
白鷺が肩を震わせた。
「うわ、正直」
「だってそうだろ」
「反論しづらい」
校長は小さくうなずいた。
「半分は正しい。A、B、Cは、型に乗る者を分ける班だ」
「じゃあ零は」
九条が聞いた。
校長は机の上のペンを一本持ち上げて、空中に小さく円を描いた。
「零は、数に入らない者へ貼る札ではない。数え始める前に置く数だ」
俺は少し黙った。
校長は続けた。
「未完成。分類前。規格外。扱いづらい。だが、ときどき正規の手順の外から最短の正解を拾う」
白鷺が口元を押さえた。
「……だいぶ褒めてます?」
「今日は珍しく」
校長の目が、俺たち五人を順番に見た。
「一人ずつなら穴が大きい。だが穴の形が違う。埋め合えば、思わぬ仕事をする」
その言い方が妙に残った。
昨日まで、零班の札は、どう考えてもハズレくじだった。
でもそのときだけは、ただのハズレじゃない気がした。
篠宮教官が言った。
「今回、黒い封筒を回収できたのは、零班の連携だ」
白鷺がすぐ言う。
「お、教官がちゃんと褒めた」
「勘違いするな。次はもっと静かにやれと言っている」
「やっぱりそっちか」
校長は最後に、黒い封筒へ手を置いた。
「真砂迅の件は校内で扱う。彼の疑問まで、なかったことにはしない」
九条の目がわずかに動いた。
俺も、その一言で少しだけ息をついた。
全部がすっきり終わったわけじゃない。
でも、全部を見ないふりで終わらせるつもりもないらしかった。
それだけは、わかった。
重たい机、古い絵、分厚いカーテン。机の端にはもう封筒は置かれていなくて、かわりに封をし直された黒い封筒がひとつあった。
校長は俺たちを見ると、ゆっくり言った。
「まず結論から。今回の件は、外部にも校内にも大きくは公表しない」
白鷺がすぐ聞いた。
「どのへんまで小さくするんですか」
「表向きには、祭り会場での運営上の混乱と、生徒会内の規律違反だ」
「うっす」
火村が思わず言った。
「その一言に、だいぶ詰めこみましたね」
九条が腕を組んだ。
「それ以外に方法がない」
校長は穏やかな顔のまま続けた。
「町の客人に、本校の裏側まで説明する必要はない。在校生にも同じだ。真砂迅の名も、君たちの名も、報告書にはほとんど残らない」
白鷺が眉を下げた。
「ええ~。せっかく俺、紙テープまみれで主人公みたいに着地したのに」
「祭りの真ん中で自分を物語の中心に置くな」
俺が言うと、白鷺は口を尖らせた。
「有馬、最近つっこみの精度が上がってない?」
「お前のせいだよ」
火村が黒い封筒をちらっと見た。
「じゃあ、俺たちの手柄もなし?」
「ほぼな」
篠宮教官があっさり言った。
「火村の無許可工作、白鷺の無断変装、大河内の祭り設備封鎖、九条の無許可指揮、有馬の会場設備の私的利用。本来なら全員減点だ」
白鷺が天井を見た。
「働き損の香り」
篠宮教官はそこで、ほんの少しだけ間を置いた。
「ただし、今回は留保する」
今度は全員が黙った。
火村が一番に顔を上げた。
「留保?」
「保留だ。見逃しではない」
「褒賞ゼロで減点保留」
そのとき、俺は前から聞こうと思っていたことを口にしていた。
「校長」
「何かな、有馬直」
「零班って、結局なんなんですか」
校長は少しだけ目を細めた。
笑っているのに、底が見えない顔だった。
「君はどう思っていた?」
「落第寸前の寄せ集め、です」
白鷺が肩を震わせた。
「うわ、正直」
「だってそうだろ」
「反論しづらい」
校長は小さくうなずいた。
「半分は正しい。A、B、Cは、型に乗る者を分ける班だ」
「じゃあ零は」
九条が聞いた。
校長は机の上のペンを一本持ち上げて、空中に小さく円を描いた。
「零は、数に入らない者へ貼る札ではない。数え始める前に置く数だ」
俺は少し黙った。
校長は続けた。
「未完成。分類前。規格外。扱いづらい。だが、ときどき正規の手順の外から最短の正解を拾う」
白鷺が口元を押さえた。
「……だいぶ褒めてます?」
「今日は珍しく」
校長の目が、俺たち五人を順番に見た。
「一人ずつなら穴が大きい。だが穴の形が違う。埋め合えば、思わぬ仕事をする」
その言い方が妙に残った。
昨日まで、零班の札は、どう考えてもハズレくじだった。
でもそのときだけは、ただのハズレじゃない気がした。
篠宮教官が言った。
「今回、黒い封筒を回収できたのは、零班の連携だ」
白鷺がすぐ言う。
「お、教官がちゃんと褒めた」
「勘違いするな。次はもっと静かにやれと言っている」
「やっぱりそっちか」
校長は最後に、黒い封筒へ手を置いた。
「真砂迅の件は校内で扱う。彼の疑問まで、なかったことにはしない」
九条の目がわずかに動いた。
俺も、その一言で少しだけ息をついた。
全部がすっきり終わったわけじゃない。
でも、全部を見ないふりで終わらせるつもりもないらしかった。
それだけは、わかった。