アダムを噛んで、熱を吸う
「はあ? さっきの理論どこいったの」
「だって」

一拍。

「藤本さん、求めてないでしょ」

図書室の空気が、不自然に静止する。

「なにそれ」
「試してるだけ」

低い声。
壁の時計が、一度、硬質な音を立てて時を刻む。

「考察きも」

でも、目は逸らさない。
速水も、逸らさない。
数秒。
先に視線を外したのは、私だった。

「……求めてるかもしれないじゃん」

吐き出した瞬間、自分の声がひどく空疎に響いた。

「嘘」

即答だった。

「なんで?」
「鋳造されたみたいな顔してる」

静謐な断定。
私は、さらに深く笑ってみせる。

「え、ひど!」

同じ温度。
決して揺れない黒。
私は椅子を引き、立ち上がった。

「つまんないこと言わないでよー」

鞄を肩にかけ、出口へと歩き出す。
返事はない。
けれど、指先がドアの金具の冷たさを拾ったそのとき。

「藤本さん」

背後から、名前を呼ばれた。
振り向くと、速水は本を開いたまま、真っ直ぐにこちらを見ていた。

「藤本さんって人形みたいだよね」

一瞬の空白。

「綺麗で、自我がない」

静かだった。
拒絶でも、否定でもない。ただ逃れようのない事実を、そこに置くような響き。
私は笑う。いつもの角度、いつもの表情で。

「なにそれ」

軽い声。
軽い顔。
速水は否定しなかった。

「藤本さん」

低い声が、図書室の冷えた空気に溶け込んでいく。

「人ってもっと醜いものだと思わない?」

喉の奥が、一瞬だけつかえた。

「は?」

速水は頬杖をついてじっと私をみあげている。

「なに、遠回しに私のこと綺麗って褒めてくれてる?シャイだね、速水くん」

「そうだね?」

私は逃げるように背を向け、ドアを掴む。
金具の冷たさが、手のひらにじっとりと残った。

廊下の生ぬるい感触。
肺の奥に溜まっていた空気を、一気に吐き出した。
< 10 / 13 >

この作品をシェア

pagetop