アダムを噛んで、熱を吸う
翌週の火曜日。
特にあてのない放課後を持て余し、私はまたなんとなく図書室の扉を引いた。
速水くんは前回と同じ席にいる。
当たり前のような顔で斜め向かいに座り、鞄から付箋だらけの問題集を取り出す。
シャーペンを出す指先の動き、ページをめくる乾いた音、遠くで響く野球部の打球音。
会話はない。彼は文庫本を、私は演習を。
不思議とここでは、呼吸を整える必要はなかった。
「ねえ」
ペンを持ったまま、独り言のように話しかける。
「速水くんって、普段なに食べてるの?」
「……何その質問」
「だって、人って食べ物でできてるでしょ。速水くん、ブラックホールみたいに中身が見えないから。何でできてるんだろうなって」
数秒の沈黙。ページを押さえたまま、彼が視線だけをゆっくり上げる。
「普通。米、肉、野菜」
「つまんな」
「そっちこそ」
間髪入れずに返ってきた言葉に、思わず小さく笑った。
乾いた空気に、わずかに温度が混じった気がした。
「速水くんも、私に何食べてるか聞いていいんだよ?」
「いや、別に」
食い気味に遮られ、私はわざと肩をすくめる。
「あはは、私に全然興味ないなあ」
一拍。
彼の視線がゆっくりと、けれどこちらの逃げ場を塞ぐように上がった。
「興味、持ってほしいの?」
声は平坦。なのに、私の呼吸がわずかに止まる。
「……は?」
「そうは見えないけど」
空気が固まり、密度を増す。私は指先でペンを回し、動揺を誤魔化しながら聞き返す。
「……じゃあ、どう見えてるの?」
彼は答えない。
数秒間、私を射抜くように視線を維持したまま、やがて「別に」と短く捨てるように言い、視線を本に戻す。
それから毎週。
図書室、窓際の席、同じ角度から差し込む光。
いつの間にか、私は斜め向かいではなく、彼の隣に座るようになっていた。
速水くんは何も言わない。
席をずらさず、こちらを見もしない。拒むこともなければ、明確に受け入れることもない。
ただ、そこに誰にも侵されない二人だけの空間が、静かに形を成していった。