アダムを噛んで、熱を吸う
聖域の雑音
梅雨の時期の廊下には、相変わらず湿り気を帯びた空気が停滞している。
テスト期間特有の、焦燥と解放感が入り混じった熱。
「マジで今回こそ勉強しないと、本当にやばいんだって!」
切実な声を上げる心と、それに同意して騒ぐ結衣。
二人の背中を追うようにして、私は賑やかな教室の喧騒を後にした。
「静かなとこ行こ」と促されるまま、逃げ込むようにして図書室の重い扉を押し開ける。
ひんやりとした静寂の先。
いつもの窓際、いつもの定位置に、彼はいた。
入室した私たちの気配に、速水の視線が一瞬だけ、羽虫を払うような速度でこちらへ流れる。
彼は一秒にも満たない時間で、何事もなかったかのように手元に落とした。
「あ、衣織の彼氏サマ」
心が耳元で、茶化すように囁く。
私たちは速水から数メートル離れたテーブルに陣取った。窓から差し込む陽光に照らされた、広げた教科書の白さが、やけに目に痛い。
「衣織って特待生なんでしょ? 意外と見た目通り頭いいの、おもしろいよね」
結衣が、実体のないメガネをくいっと指で持ち上げ、いかにも知的な風を装ってみせる。
心はシャーペンについたマスコットを揺らしながら、ケラケラと笑った。
「えー、それって陰キャっぽいってこと?」
「だから、アンニュイだって。ねえ、本当にお似合いじゃない?」
心は私と速水を交互に指差し、笑い声を立てた。
図書室のひんやりとした静寂を侵食していくその音が、私の心臓を直接撫でまわすようで、ひどく落ち着かない。
数メートル先、珍しく彼は文庫本ではなく参考書を開いている。
その静止を切り裂くように、短い電子音が卓上で跳ねた。
スマホの画面が白く光り、心の指先が楽しげに躍る。
「あ、私の彼氏とその友達もここに来たいって。いいかな? F組なんだけど」
「え、心の彼氏に会えるの? 楽しみ!」
私の口から、適切な明度の声が滑り出る。
完璧な「親友の顔」。その裏側で、心臓が泥を啜るような重さを感じていた。
テスト期間特有の、焦燥と解放感が入り混じった熱。
「マジで今回こそ勉強しないと、本当にやばいんだって!」
切実な声を上げる心と、それに同意して騒ぐ結衣。
二人の背中を追うようにして、私は賑やかな教室の喧騒を後にした。
「静かなとこ行こ」と促されるまま、逃げ込むようにして図書室の重い扉を押し開ける。
ひんやりとした静寂の先。
いつもの窓際、いつもの定位置に、彼はいた。
入室した私たちの気配に、速水の視線が一瞬だけ、羽虫を払うような速度でこちらへ流れる。
彼は一秒にも満たない時間で、何事もなかったかのように手元に落とした。
「あ、衣織の彼氏サマ」
心が耳元で、茶化すように囁く。
私たちは速水から数メートル離れたテーブルに陣取った。窓から差し込む陽光に照らされた、広げた教科書の白さが、やけに目に痛い。
「衣織って特待生なんでしょ? 意外と見た目通り頭いいの、おもしろいよね」
結衣が、実体のないメガネをくいっと指で持ち上げ、いかにも知的な風を装ってみせる。
心はシャーペンについたマスコットを揺らしながら、ケラケラと笑った。
「えー、それって陰キャっぽいってこと?」
「だから、アンニュイだって。ねえ、本当にお似合いじゃない?」
心は私と速水を交互に指差し、笑い声を立てた。
図書室のひんやりとした静寂を侵食していくその音が、私の心臓を直接撫でまわすようで、ひどく落ち着かない。
数メートル先、珍しく彼は文庫本ではなく参考書を開いている。
その静止を切り裂くように、短い電子音が卓上で跳ねた。
スマホの画面が白く光り、心の指先が楽しげに躍る。
「あ、私の彼氏とその友達もここに来たいって。いいかな? F組なんだけど」
「え、心の彼氏に会えるの? 楽しみ!」
私の口から、適切な明度の声が滑り出る。
完璧な「親友の顔」。その裏側で、心臓が泥を啜るような重さを感じていた。