ただ優しくされただけなのに、この恋は間違いですか?

第3話 ひとりで歩くはずだったのに



休日。
天気は快晴で、カーテンを開けると柔らかな日差しが部屋の中へ入り込んだ。

陽菜は普段より少しだけ遅めに起きて、のんびりと朝ごはんを準備する。

白米に、豆腐とわかめの味噌汁、納豆。このラインナップなら焼き魚にしたいところだが、生憎魚は買っていなかった。

主菜が無いのは寂しいので、中途半端に余っていた野菜でシンプルな野菜炒めを作る。

今日は時間を見つけて、食材の買い出しもしないといけない。
しかし、今日は先にしておきたい用事があった。


朝食を終え、食器をささっと洗う。

洗濯機を回し、その間に掃除機がけ。

仕事が続くと家事がどうしても疎かになる。隅に溜まっていた埃が、それを物語っていた。


朝食、掃除、洗濯を終えて、陽菜は両腕をぐぐっと伸ばした。
カコッと関節が鳴ったような気がしたが、ひとまずスルー。


よし、と気合いを入れ、クローゼットの扉を開いた。


今日の予定では、だいぶ歩くつもりだ。 

動きやすいように選んだのは、デニムのショートパンツ。
生足を晒すのは何となく恥ずかしくて、黒いニーハイソックスをプラス。

上はラフなスウェットにキャップを被って、髪は下ろした。


(これなら、たぶん大丈夫だよね?)


履き慣れたスニーカーに足をねじ込んで、外に出た。




ホテル周辺の案内を聞かれることは多い。

ガイドマップ通りの案内でも問題はない。
けれど、それだけじゃ物足りないお客様もいる。 

地酒が安く買える店や、子連れで入れる店、穴場のデートスポットを聞かれたりもする。

そして、陽菜が質問されて一瞬返答に詰まると、どこからともなく橘が現れてサラサラと答えてくれる。

その姿がいつもかっこよくて、広い背中が頼もしくて、憧れだった。


(自分の言葉で案内できるようになりたい。リーダーみたいになりたい)



陽菜の今の住まいは、会社が提供してくれている単身世帯用アパートの一室だ。
普段よりやや遅いこの時間帯は、他のスタッフは既に出勤していて静まり返っている。

それでも何となく見られていないか気になって、陽菜はキョロキョロと辺りを見回してから、そろりそろりとエントランスを出ていった。


アパートの位置は、ホテルと最寄り駅とのちょうど中間位にある。

まずは駅へ向かい、そこから徒歩でホテルを目指すことにした。



動き回ることも考慮して、荷物は小ぶりなショルダーバッグに入る分だけにした。
財布とスマホ、ハンカチとティッシュとリップ。

陽菜は紙のガイドマップやメモ帳に直接ペンで書くよりも、スマホに地図を落とし込み、メモ機能で気になったことや後で調べたいことをピン留めしたりしていくスタイルである。



駅につくと、キャリーケースやぱんぱんに膨らんだバッグを持っている人が目につくようになった。

ホテルから送迎バスは出ているものの、あの荷物を持って観光は大変そうだ。


(あの辺の路地に商店街があるんだ…スーツケース持って入るのは大変そうだけど、ホテルにチェックイン前に荷物預けちゃえば問題なさそうだなぁ)


地図を確認しながら、レトロ感を醸し出す小さな商店街へ向かう。


小さな喫茶店。
古びたスナック。
アンティーク雑貨の店。



(こんなところあったんだ。…あのバレッタ可愛いから買っちゃおうかな…)


雑貨屋のショーウインドゥに飾られた、上品な白いレースのリボンのバレッタが目に留まる。
アンティークを取り扱っているだけあってお値段はそこそこしたが、店主が「久しぶりのお客さん!」と気前よく割引きをしてくれた。


「久しぶりのお客さん…?」
「そうだよ。特に、お嬢ちゃんみたいに若い人は滅多に来ないから嬉しいよ。ぜひ、また来てね」
「……はい、また来ます」


店を出て、スマホのマップにピンを打ちながら歩く。
よく見れば、大通りは賑わっているがこの商店街は閑散としている。


(こんなに、良い出会いがあるのになぁ)


残念ながら今日の服装にはこのバレッタは合わなそうだ。仕事の時に着けてみてもいいか、明日橘に確認してみよう。


一通り回って、ホテルへ戻る。ここにたどり着くまで、なかなかな運動量だった。


「明日は筋肉痛じゃんこれ……! でもあと反対側がある……頑張れ私ぃぃ」


そう呟いた瞬間。



「白石?」



「はいっ!?」



名前を呼ばれて、ゆっくりと首だけで振り返ると……そこには仕事着姿の橘。



「何してんだ。今日休みだろ」



「橘リーダーこそ今お仕事中では……」



いや、それより、なんで分かった。

カツカツとすぐに距離を詰めらる。



「雰囲気違うな」


橘がじっと見る。


「若者っぽい」



「リーダー、オッサンくさいです……」


「30過ぎたらオッサンみたいなもんだろ」



気恥ずかしさから陽菜はそんなことを言う。

視線はどこか観察するようで、いたたまれない。


(そりゃあ普段は髪まとめてるし、こんな恰好で上司の前出れるわけないじゃん!)


誰にもバレないような、普段の陽菜から少し離れた恰好をしたつもりだったのに。

よりによってなぜ橘なんだと叫び出したくなる。


(橘リーダーに会うって分かってたら、もっと可愛くしたよ!)


「……見慣れないから新鮮なのもあるけど、こういう恰好も似合うな」

「んえ?」

「仕事中はほとんどスーツだし、髪も上げてるだろ。今の方が、年相応に見える」

「……あ、ありがとう、ございます?」


褒められたのか、よく分からない。きっと、橘は思ったことをそのまま言っただけだろう。

年相応に見える、らしい。

嬉しいはずなのに、少しだけ、複雑で、モヤモヤした。


「……で、今日お休みのはずの白石がそんな恰好で職場近くまで来たのは何でだ?理由があるんだろ?」


貴方のように説明できるようになりたくて。

なんて馬鹿正直に言えるわけがないので、

「お客様にしっかり説明できるように実地調査しようかと」

と伝えた。間違ってはいない。

スマホの画面を見せて、駅からここまで来たことを説明した。




橘は、小さな相槌と共にちらりと腕時計を見る。



「ちょっと待ってろ」



「え?」



「そろそろ中抜けの時間だ」


「え、あ、はい……」


「昼飯ついでにあっちの方の案内する」


「え、いや、悪いですって」


陽菜は両手を勢いよく振って断ろうとした。

中抜け休憩は、朝が早いスタッフの貴重な睡眠時間だ。

基本的に休憩中は何をしようと個人の自由ではあるが、だいたいのスタッフは家に帰ったり仮眠室で寝ていることが多い。

特に橘は誰よりも朝早く出勤して、遅く中抜けに入り、早く切り上げて夕方の宴会に備えて事務仕事を始める。


「リーダーの貴重な睡眠時間を削るわけにはいきません!」

「俺、別に中抜け中寝たりしてねぇよ。メシ食ってぼーっとしてるだけだし」

「いつ寝てるんですか!?」

「夜」


夜だって、誰よりも遅く帰っているではないかと突っ込んでやりたい。

その話が本当なら、一日の睡眠時間は長くて3時間あるかないかではないか。


「少しでもオススメ情報増やすなら」


橘は淡々と言う。


「俺でも何でも使えばいい。1人より効率がいい」



「……はい」



これは、絶対引いてくれないだろうな……と陽菜が諦めるのが先だった。



「とりあえず着替えてくるから、そこのベンチで待ってろ。逃げたら――明日覚悟しとけよ」

「ひぇ……分かりました。よろしくお願いします」




どうやら、大人しく待つしかないらしかった。



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