手を、つないで 〜ふたりの時間〜


 駅からショッピングモールは徒歩5分。
 歩く彼女をちらちらと見る。
 なんだか今日は感じが違う。なんだろう。
 足元を見て気付いた。スカートだ。
 いつも彼女は、職場ではパンツが多くて、スカートは本当にたまにしか見かけない。
 今日は、ロングスカートだ。紺色。裾がひらひらの。
 髪と同じ。彼女が動くのに合わせてひらひら揺れる。
 それより上はコートを着ているからわからない。でも雰囲気が違うから、きっとコートを脱いだらいつもと違う彼女が見られるのかもしれない。
 少し楽しみにして、ラーメン店に向かった。

「凄い……」
 行列を見て、彼女が呟いた。ショックを受けているらしい。予想はしてたけど、ここまでとは思わなかったんだろう。最後尾は2時間待ち。昼時を過ぎたこの時間でだ。
「こっちにしませんか?」
 海鮮丼の店のホームページを見せる。彼女は一瞬目を輝かせたけど、すぐにしゅんとしてしまった。
「すみません、リサーチ不足で……」
 そんな姿も可愛い。と思ったことは内緒にしておこう。
「こっちですよ」
 手を引く。トトッと彼女が付いてきた。髪とスカートが揺れる。可愛い。
 海鮮丼の店は、ラーメン店ほどの行列はなく、少し待ってすぐに入れた。カウンター席。
 コートを脱いだ彼女は、やっぱりいつもと少し違う。白いブラウスに、グリーンの上着。ポンチョみたいな。これも裾がひらひらしてる。
 ……この、いつもと違う感じは、やっぱりデートだから、だろうか。

 昨夜の自分を思い出す。残業中に、服装はどうすればいいか、急に思った。とにかく土曜日を空けることしか考えてなかったからだ。
 どんな服を着たらいいかもわからなくて、ネットを検索したけど、よくわからなかった。
 家に帰って、服を総ざらいした。普段着ている、とにかく楽に過ごせるもの。滅多に着ないスーツも一応1着あった。服はそんなにたくさん持ってない、ということがわかった。
 結局、ある服の中で新しめのものを選んだ。クリーム色の長袖Tシャツ、濃紺の襟付きシャツ、黒のチノパン。……いいんだろうかこれで、と悩んでも、手持ちの服はこれしかない。
 次に服を買う時にはもう少し考えよう、と思った。

 わかった。彼女がいつもと違うのは髪型のせいもある。いつもはおろしている髪を、今日は上半分を左右からねじって、後ろで留めている。この髪型はなんて言うんだろう。茶色いヘアクリップ。猫の形。可愛い。
 会社にいるのと違う彼女が見られて嬉しい。これは……俺のためって思っていいのか……?いや、お出かけの時はこうなのかもしれないし、会社とプライベートではそもそも違うのかもしれない。デートの時は可愛くするよな、相手が誰でも……まずい、もやもやしてきた。架空の相手に嫉妬なんかするな。目の前の彼女は可愛い。それでいい。

 横を見ると、彼女はちょうど海鮮丼のイクラの部分を口に入れるところだった。パクッとする。可愛い。
 俺の視線に気付いた。もぐもぐしながら、目で『なんですか?』と聞いてきた。俺は笑ってごまかした。
「松永さん、食べないんですか?」
 イクラを飲み込んで、彼女が聞いてくる。
「もしかして海鮮は苦手だったとか……」
 真剣に呟く。慌てて否定した。
「違います。おいしそうに食べるなあって思って」
 彼女は恥ずかしそうにうつむく。
「松永さんが、わさび無しで頼んでくださったので……気にしないで食べられます……」
 わさびは苦手だけど、サビ抜きは子どもみたいで恥ずかしいらしい。
「なら良かった」
 そう言って笑うと、彼女も笑った。
 2人で食べた海鮮丼は、おいしかった。



 食べ終わって店を出る。
 手を出すと、彼女はすっと手を重ねる。
 そして、笑顔を交わす。
 見上げてくる彼女の表情は、リラックスしている。可愛い。その顔、本当は誰にも見せたくない。
 抱きしめて囲ってしまいたい衝動を抑えて、モールを歩き始めた。

「いろんなお店がありますね」
 彼女が感動するように言う。
 そうは言っても、つないでいる手が固くなって、腕にぴったりくっついてくる。人が多いところは苦手だそうだ。俺もあまり好きではないけど、苦手という程ではない。
 くっつかれるのは嬉しいし、頼りにされてるようで、それも嬉しい。顔がニヤけるのを頑張って直す。
「あっ、ここ見てみたいです」
 彼女が指したのは雑貨店。
「いいですか?」
 無邪気な笑顔。子どもみたいだ。頷いて、店に入った。
 狭い通路で、彼女の後をついていく。彼女は目をキラキラさせて、いろんな物を見ていた。
「うわあ……」
 彼女が止まったのは、大小のぬいぐるみが飾ってあるコーナー。ぬいぐるみが好きなのか。
「これいいなー……」
 彼女がふわふわの猫のぬいぐるみを抱きしめてる。……このまま家に保存しておきたい。
 と、彼女が猫を山に戻した。
「買わないんですか?」
「はい」
 戻した猫をなでている。
「キリがないので、我慢します」
 我慢か。キリがないって、どういうことかな。
 ふと横を見ると、ぬいぐるみと同じ顔が、手の平サイズになってカゴに入って並んでいた。『手首ウォーマー』と札に書いてある。
 彼女が俺の視線に気付いて、猫の顔を手に取る。
「これ、ここからカイロを入れて、手首につけるんです」
 顔の裏がティッシュケースみたいになっている。そこからカイロを入れるらしい。
 彼女が『こうやって』と手首に通して見せてくれる。
「へえ……手首は冷えるからいいですね」
「松永さんも冷えますか?」
「仕事中は、なぜか。他はなんともないのに、手首だけ冷えるってことがあります」
「私もです。あれ謎ですよね。手先はあったかいのに、手首だけって」
 そう。時々凄く気になってしまう。
「これも可愛い……」
 呟く彼女。さっき抱いていた猫と同じ顔のを手に取って。でもやっぱり戻した。
 もし、彼女が良ければ、プレゼントしたい。
 言おうかどうか迷ってる間に、彼女は歩き始めてすぐに止まる。
「松永さん、これ」
 手まねきするのでそちらに行くと、『アームウォーマー』と書かれた札の下に、細いレッグウォーマーみたいな物があった。
「これはカイロは入れられないけど、良さそうですよ」
 一つ取って、俺に差し出す。はめてみる。あったかい。確かにいいかも。
「色はどうですか?」
 今はめているのは、オレンジ?ブラウン?暗めの濃い色。タグを見ると『ダークオレンジ』と書いてある。
「いいんじゃないかな」
 自分では選ばない色だ。でも嫌いじゃない。
「私、プレゼントします」
「え?」
「記念に」
 にこにこしてる。断ったら、この笑顔がなくなりそうだ。
「じゃあ俺も。さっきの、猫」
「えっ」
 戻って、猫の手首ウォーマーを取った。
「これ」
「え、でも」
「記念に。もう一つ選んでください。同じ顔で良ければ、これを」
 両手分。彼女が持ってるのは2個セットだし。
「……じゃあ、こっちを」
 彼女は違う猫の顔を取った。さっき抱いていたぬいぐるみの隣にあった猫。
「ありがとうございます」
 にこにこだ。良かった、この笑顔が見られて。

 それぞれ会計して、店を出た。
「どうぞ」
 彼女が差し出す袋を受け取る。
「じゃあ、これ」
 俺も、袋を渡す。彼女は大事そうに受け取って、バッグにしまった。
「あの、それもこっちに入れておきましょうか?」
 今受け取った袋を指差す。俺は手ぶらだから気を遣ってくれたようだ。
「いや、これは……持っていたいので」
 初めての、彼女からのプレゼント。できれば今すぐ使いたいくらいだ。
 よく考えたら恥ずかしいことを言った、と思ったら、顔が熱くなった。
 彼女を見たら、彼女も顔を赤くしてる。
「そ、そうですか……」
「はい、あの……大事に使います」
「私も……大事にします」
 顔を見合わせる。はたから見たら、2人とも赤い顔で何やってんだって感じだろう。
 多分、彼女も同じことを思ってた。
 2人で、笑い合った。




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