手を、つないで 〜ふたりの時間〜


「ラーメンおいしかったです」
 見た目は普通の醤油ラーメンだけど、味は絶品だった。スープも麺も具も、シンプルだけどだからおいしい。
 お店を出て彼にそう言うと、彼は笑顔になった。
「良かったです、そう言ってもらえて」
 その後、息をつきながら言う。
「もっとおしゃれなところの方がいいかと思ったんですけど」
 私は首をぶんぶん横に振った。
「そんなことないです。おいしいラーメンは大好きですから」
「なら良かった」
「よく来るんですか?」
「そんなしょっちゅうじゃないですけど。思い付いたら食べたくなるんです」
「あーわかります」
 あの店のあれが食べたい!ってなるんだよね。
「松永さんの隣の人が食べてた天津飯、おいしそうでした」
 卵の黄色は食欲をそそる。
「じゃあ、次はそれにしましょう」
「はい」
 『次』と言われてドキッとした。素直に返事ができた。
 『次』はいつになるのかな。楽しみ。

 駅に着いた。
 改札に向かおうとする彼を止める。
「今日は、私が送ります」
 そう言うと、彼はポカンとした。本日2回目。
「いつも送っていただいてるし、今日は私が松永さんを送ります」
 彼はポカンとしたまま。フリーズしてる。
「それで、早く体を休めてください」
 私が彼を家に送れば、彼は早く帰れて、一緒にいる時間を伸ばせる。我ながらいい案だと思った。
「あ、ああ……」
 彼は段々フリーズ状態が解けてきた。状況を理解できたらしい。
 ふっと笑う。優しい瞳にドキッとした。
「じゃあ……よろしくお願いします」
 そう言って、手を出す。
 私は手を重ねて、しっかり握って、歩き出した。



 彼の家は、近かった。徒歩5分のマンション。
「ここです」
 5階建。私のところよりも新しそう。
 正直なところ、もう着いちゃった、と思っていた。もう少し一緒にいたかったな。でも仕方ない。
「じゃあ、帰ります。明日はちゃんと休んでくださいね」
 笑顔で言えた、と思う。
 彼は黙ってじっと私を見ている。これは、何かを言いたい時。私はいつも彼の言葉が出てくるのを待つ。
「あの……」
 彼は、少し顔を赤くして言った。
「寄って、いきますか?」
 今度は私がフリーズした。
 よって、酔って、違う、寄って、いく。彼の家に?
 それは嬉しい。行ってみたい、彼の家。
 うっかり『はい』って言いそうになって、慌てて止まった。
 いやいやいや、待って待って。私は彼に早く体を休めてほしくて送ってきたんだから。
「……今日は、帰ります……」
 そう言ったら、彼がしゅんとなってしまった。……可愛い。置いて帰るのはしのびない。でも。
「とにかく、寝てください。もう少し落ち着いたら、ゆっくり遊びに来ます」
 淋しさは隠して、頑張ってそう言った。そして。
「ウチにも、今度、来てください」
 これも、頑張って言った。顔から火が出そう。
 くいっと手が引かれた。彼の手が背中に回る。
 ぎゅっと、抱きしめられた。
「ありがとうございました……今日、楽しかったです……」
 頭の上で、響くように聞こえる。
 私も、彼の背中に手を回した。
「私もです……楽しかったです……」
 ぎゅっと気持ちを込める。
 本当はこのままもっと一緒にいたい。でも、無理はさせたくないから。
「また一緒に、お出かけしましょう」
 そう言って、私は一瞬だけ、きゅっと手に力を入れた。
 彼は『はい』って言うように、私の頭をなでてくれた。声が聞こえる。
「……帰したくない……」
 もごもご。かすかに。
 そして、彼の顔が近付く。今までと少し違う、熱を帯びた瞳。私は目を閉じた。
 唇が重なる。
 力強いキスは、惜しむようにゆっくり離れた。
 目を開けたら、ぽふっと彼の胸に頭を寄せられる。
「……今、顔見ないでください……」
「え?」
「見せらんないです……」
 どんな顔なのか見てみたいけど、動こうとするとぎゅっと押さえられるので見られない。
 少しの間、そのままでいた。
 ゆっくりと離された時には、少しだけ赤味を残した顔に、優しい瞳をした彼に戻っていた。
「送りますって言いたいところですけど、送ってもらったんでした」
 ははっと彼は笑う。私も笑った。
「じゃあ、帰ります」
 彼は頷いて、手を振ってくれた。
「家に着いたら、メッセージください」
 私も頷いた。
「おやすみなさい」
「おやすみなさい」
 私が角を曲がるまで、彼は見送ってくれた。



 ーーー今、家に着きました

 ーーー良かったです

 ーーー今日は、本当に楽しかったです
 ーーーありがとうございました

 ーーー俺も楽しかったです
 ーーーまた、一緒に出かけましょう

 ーーーはい
 ーーー楽しみにしてます



 また、はだいぶ後になることを、彼も私も知らなかった。




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