手を、つないで 〜ふたりの時間〜


 休憩が取れたのは16時。
 休憩スペースでスマホに向かう。部屋の隅っこのカウンター席。
 彼は忙しい。毎日残業している。
 この土日も休日出勤だった。先週、私のいるチームの作業を手伝っていたから、その影響だと思う。彼は絶対に違うと言っているけれど。
 早苗ちゃんに話すかどうか相談したいけど、疲れてる時に話すのも忍びない。でもできたら早めに話したい。
 ……どうしよう。
 悩んでいたら、隣に人の気配を感じた。
「……お疲れ様です」
 低めの、響きのある、ちょっと掠れた声。
 彼だった。
「お、お疲れ様です……」
 ここで会うなんて思ってもみなかった。
 心臓がばくばく鳴り出す。
「休憩、ですか」
「はっはい。あの、松永さんもですか?」
「俺は、打ち合わせが、今終わって」
 彼は周りをちょっと見た。今は誰もいない。
 でも少し声をひそめた。
「通りかかったら、いたから」
 ぼわっと顔が熱くなった。
 彼は優しく微笑んで、私の手元を指差す。節くれだった長い指。
「スマホ睨んで、どうしたのかと思って」
「あ……」
 笑ってごまかす。
「ちょっと、考えごとを」
 彼は頷く。
 聞いてもいいかな。予定を聞くだけなら、負担にならないかな。
「あの、ご相談したいことがあって」
 彼は少し目を丸くした。
「急ぎではないのでいつでも構わないんですけど、ちょっとお時間いただけたらなあって」
 一応、仕事の口調で言った。今は誰もいないけど、いつ誰が来るかわからないし。
 彼は、持っていたタブレットを開いて、何かを見ている。多分スケジュール。そして、ちょっと考えてから顔を上げた。
「今日、大丈夫ですか?」
 えっ今日?
 私もスマホで確認する。今日は定時予定。他には何もない。
「大丈夫です」
「中森さんは定時ですか?」
「その予定です」
「俺、ちょっとまだわからないから、確認して連絡します。多分定時で帰れると思いますけど」
「わかりました。お待ちしてます」
 そう言ったら、彼はパタパタと休憩スペースを出て行った。急ぎの用でもあるのかな?
 私もそろそろ戻ろうと席を立つ。
 急に、思った。
 あれ?今日?帰りに?
 送って……もらうん、だ、よね?
 そう思ったら、メッセージが来た。

 ーーー定時で帰れます
 ーーーホームで待ち合わせましょう。1番前で
 ーーー良かったら、食事でも

 食事……会社帰りに……デート、というやつでは……。
 収まっていた心臓がまたばくばく鳴り出す。
 時計を見た。仕事、しなくちゃ。定時に確実に終わらせなきゃ。

 ーーーわかりました

 自席に戻る。
 深呼吸をして、手を上げて、伸びをする。
 よし、頑張る。
 気合いを入れて、パソコンに向かった。



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