手を、つないで 〜ふたりの時間〜
7.茉歩
夕ご飯は、彼はしょうが焼き定食、私は親子丼。
私が出張中の話をして、彼は相槌を打ちながら聞いてくれた。
珍しく、たくさんしゃべった。多分、彼が聞いてくれるから、なんだと思う。
彼は無口な印象が強いけど、私といる時は普段より口数が多くなる。私もそう。2人しかいないからそうなるのは当たり前だ。でも、聞いたところによると、高井戸さんとは2人でいてもほとんどしゃべらないらしい。高井戸さんが、私の話を聞いて驚いていた。
私だからしゃべってくれるのかと思うと、嬉しくなる。私も、彼といるとおしゃべりになるから。
でも、無理はしてない。無言の時間も心地いい。なんとなく、感じてることがお互いにわかる、とおもうのは自惚れだろうか。
家までの道を歩き出す。
彼は、私の出張中、プレゼントしたアームウォーマーをずっとつけていてくれていたらしい。
私も、猫の手首ウォーマーは身に付けていなくても、ずっとカバンに入れていた。手もあったまるけど、なにより心があったかかった。彼と手をつないでいるようで、心強かった。
そして今、本物の彼と、手をつないでいる。あったかくて、心強くて、安心する。
出張中、彼との時間が、私にとってとても大切なものになっていることがわかった。
だから、決心した。
もうすぐマンションに着く。早く、動け私。
今日、私には、自分で自分に課したミッションがある。
「松永さんへのお土産も、買ってきましたよ」
歩きながら、心臓はドキドキ動いている。
「え、俺に?」
「はい。あの、おいしそうなワインが売ってたので。あと、おつまみになりそうな物も、いろいろ」
「ありがとうございます」
彼が笑顔で言う。いい笑顔。出張中、ずっと見たかった。
私は足を止めた。
「良かったら、土曜日、家に来ませんか」
言った……!
緊張し過ぎて、彼の顔が見られない。
「ワイン、一緒に、いかがですか」
私は返事を待った。
でも、反応がない。
恐る恐る彼の顔を見上げると、固まっていた。フリーズ状態。
「あの、松永さん……?」
声をかけたら、彼はハッとして私を見た。
そして、みるみるうちに顔が赤くなっていく。
え……なにこれ、可愛い。
「家って、中森さんの……」
「はい。あ、でも家じゃなくても。松永さんちでもいいですけど」
「あ、いや、中森さんの家で全然……」
「じゃあ……」
もう一つ。言うことは、もう一つある。心臓が早鐘を打つ。早鐘ってこんなに早いの?
「お泊まりの用意してきてください」
言えた!凄く早口になっちゃったけど、言えた……。
ぺん、と音が聞こえた。彼を見上げたら、手で口を押さえている。あの癖だ。顔は引き続き真っ赤。
「それ……意味わかって……」
わかってます。強く頷く。
「本当に?」
もう一度頷く。
彼が口の手を外した。
「本当の本当に?」
「はい」
頷きながら言った。
彼は天を仰いだ。ふーっと息を吐く。
あごのラインが綺麗だな、と思ってたらゆっくりと元に戻った。何かいいかけて、そのまま下を向く。今度はつむじ。初めて見たかも。
はあーっと息を吐く。
「……ひとまず、土曜日に」
ひとまず。ひとまず?
「土曜日、ワインをいただきに行きます」
「あ……はい」
ワインね。ワイン。
「……実際にそうするかは別として、泊まりの用意もして行きますから……」
急に小さな声になって、彼は言った。
真っ赤な顔が、凄く可愛く見えた。
『泊まりの用意』。急に緊張してきた。
「…………」
楽しみにしてますって言ったつもりだった。うまく声が出ない。
「ん?」
彼が、聞こうとして、かがんで耳を傾ける。
私の目の前に彼の横顔。形のいい耳に、まだ赤いほっぺた。
「楽しみにしてます」
声がかすれたけど、言えた。
そして、目の前のほっぺたに唇をつけた。
一瞬で離すと、小さくチュって音がした。
「え……」
彼が固まったのがわかった。
顔から火が出そう。恥ずかしい。逃げよう。
「ありがとうございましたおやすみなさい」
早口で言って、マンションに入る。
ドアが閉まる瞬間、まだ固まっている彼が見えた。