手を、つないで 〜ふたりの時間〜

10.航



 すーすー……。
 寝息が聞こえる。
 目を開けると、彼女の寝顔。無防備で、子どもみたいで。可愛い。寝る時はあっちを向いてたのに、いつのまにかこっちを向いてる。
 カーテンの向こうはもう明るい。
 手元にやわらかさを感じる。彼女の素肌の感触。

 昨夜のことを思い出す。
 『大丈夫です』と言った彼女が愛おしかった。俺を信じて、笑ってくれた。
 キスが深くなると、最初は戸惑ってたみたいだけど、段々応えてくれるようになった。
 恥ずかしいからと電気を消されてしまったけど、暗闇に慣れた目で見ても、白い肌は綺麗で。どこに触れてもぴくぴく反応して、可愛かった。思うまま『可愛い』と言うと、照れて身をよじる。それも可愛かった。
 手を伸ばして抱きついてくるのも、甘い吐息も、我慢していて思わず漏れてしまう声も、全部可愛くて、愛おしくて。
 心と体がつながるということはこういうことだったんだ、とわかった。心地良くて、安らいで、そして熱かった。

「……ん……」
 彼女が身動きする。目を覚ますのかと思ったら、眠ったまま俺に寄って、抱きついてきた。
「……ふへ……」
 笑っている。眠ったまま。本当に無防備だ。ニヤけてしまう。駄目だ可愛い。
 少しだけ力を込めて抱きしめる。頭にキスをする。ここまで。体が騒ぎ出している。でも抑える。昨夜が初めてだったんだ、負担はかけたくない。
 髪くらいなら触ってもいいだろうか。サラサラで、気持ちいい。
「……おはようございます……」
 彼女が目を開けていた。寝ぼけているみたいだ。
「すいません、起こしちゃいましたか?」
「いえ……」
「まだ寝てていいですよ」
 首を横に振る。でもまだ眠そうだ。
「体、平気ですか?」
 眠そうに瞬きをくり返して、頷く。
「良かった」
 頭をなでたら、彼女が抱きついてきた。
「昨夜は、ありがとうございました」
 なんて返したらいいかわからない。だからなでた。
 彼女は嬉しそうに笑って、俺の胸にくっつく。
「……しあわせ……」
 呟きが聞こえた。
「……俺もです」
 彼女が俺を見上げる。
 2人で、笑い合った。



 朝、というか昼ご飯は、昨日の残りのバゲットとサラダ、土産のソーセージ。スクランブルエッグは彼女が作った。スープの用意は俺が。と言ってもインスタントだけど。
 2人で『いただきます』をした。
 スクランブルエッグを口に入れる。視線を感じる。彼女がじっと俺を見ている。
「おいしいですよ」
 そう言うと、ほっと息をついた。
「卵の焼き方って、好みがあるからどうなのかなって思って。松永さんはどういうのが好きですか?」
 好み……あんまり考えたことなかったな。
「どんなのでも。中森さんが作ってくれるんだし」
 本音が漏れた。
「え……」
 彼女はパッと顔を赤らめる。
「そうじゃなくて、焼き加減の話を……」
 もにょもにょ抗議してくる。可愛すぎる。キスしたい。
「すいません」
 へらっと笑ってごまかす。
「ちゃんと火が通ってる方が好きかも。だから、今日のもいいと思います」
「……じゃあ、次もこんな感じで」
 次。それを考えるだけで気分が上がる。
「中森さんは、好みはどうですか?」
「私?卵の?」
「はい」
「私は、半熟かな。やわらかい方が好きです」
「覚えておきます」
 俺が作ることは……できるか?料理なんて、ここ何年もしていない。でも、彼女が『おいしい』と笑ってくれるなら、やる。

 ご飯を食べた後、俺は帰ることにした。持ち帰りの仕事が少しあるからだった。そんなに急ぎでもないけど、彼女が『また睡眠不足になりますから』と言って心配そうな顔をするので、おとなしく言うことを聞いた。
 玄関で、彼女を抱きしめる。帰りづらくなるとわかっていながら、手が動いてしまった。
「来週は、空いてますか?」
 抱きしめたまま聞く。彼女は頷いた。
「はい」
「じゃあ、良かったら今度は家に来てください。……泊まりの用意して」
 彼女が息を飲むのがわかった。そして頷いてくれた。
 ホッとして、その分腕に力がこもった。
「楽しみにしてます」
「はい」
 顔を上げて、笑顔で言ってくれた。
 嬉しくて、キスをした。軽く。
 彼女ははにかんで、抱きついてきた。
 うわ。帰りたくなくなる。
 でも離れた。次もある。自分に言い聞かせた。



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