手を、つないで 〜ふたりの時間〜


 今週は平日は忙しい。私も彼も。
 彼は毎日残業。私も残業もあるし、日帰り出張もあったりして、一緒に帰るのもままならない。
 寝る前に少しだけメッセージのやり取りをして、お互いに頑張った。
 社内ですれ違ったり、遠目で姿を見るだけでも嬉しくて。
 淋しい時は、猫の手首ウォーマーをなでた。もちろん会社にも出張先にも連れて行った。仕事中はバッグの中だけど、見るだけでも気分が和んだ。
 彼も同じだったみたい。見かける時にはアームウォーマーを着けていたし、メッセージでその話題になった時も、
 ーーー元気がもらえるんです
 って言ってくれた。その言葉で、私も元気をもらった。



 そして、金曜日。
 今週のタスクが終わった退勤後。
 早苗ちゃんと『ご飯食べよう』ということになって、会社近くの個室居酒屋にいる。
「で、明日はデートな訳ね」
 ビールで乾杯した後、何の脈絡もなく早苗ちゃんは言った。
 ビールを飲み込んだばかりの私は、グッと喉を詰まらせた。そんなこと、一言も言っていない。
 げほげほと咳をする私に、早苗ちゃんはおしぼりを渡した。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫……」
 私が落ち着くのを待ちながら、早苗ちゃんはにまにましてる。
「な、なんで……」
「だって松永さん、昨日今日と爆速で仕事してたし。茉歩も、調整しながら早めに仕事してたでしょ?土日に持ち込まないように」
 そうだけど。
「でもそれって普通のことでしょ。早苗ちゃんだってするじゃない」
「日常的にしない人がしたら、なにかあるんだなって思うよ。特に松永さんみたいにずーっと働いてる人は」
「え、じゃあ他の人も気付いて……」
「まあねえ、だってほら、『彼女いるんで』だし。あ、それが誰かは気付かれてないと思うよ」
「そ、そう……」
「うん、私と高井戸さんだけだよ、知ってるのは。多分」
「そっか……」
 早苗ちゃんはにまにましたまま。
「で、明日はデートなんでしょ?あの三無い冷製鉄仮面は、どういうデートをするの?」
「どういうって……普通だよ。ご飯食べたり、飲みに行ったり……ていうかあだ名、なんか増えてない?」
「なにが?ああ、三無い冷製鉄仮面?」
 さんないってなんだろ。
 早苗ちゃんは手を出して、指を立てながら言う。
「無口、無表情、無愛想、三無い冷製鉄仮面」
 指が3本、綺麗に立った。
「ないって有る無しの」
「そう」
 3本指の横で、ドヤ顔の早苗ちゃん。三無いか……。
「わかるけど……」
 確かに無口ではある。でも無表情じゃないし、無愛想でもない、と思うけど……仕事中は、そうか……。
「この前の朝にさ。月曜日だっけ?2人で話してたの」
 月曜日の朝のことだ。彼と廊下で内緒話をしてたところを見られてたらしい。
「松永さんのあんな顔見たの初めてだった。高井戸さんも初めて見たって言ってた」
「え、高井戸さん?」
「いたの、たまたま私と一緒に。あいつのあんな顔初めて見たって言ってたよ」
「……あんな顔って?」
 恐る恐る聞いてみる。どんな答えが返ってくるかわからない。
「笑っててさ、とろけるみたいだったよ。冷製鉄仮面返上じゃない?って思ったよね」
 持ったお箸の先をくるくる回しながら、早苗ちゃんは言う。
「でもあれは限定だからさ、返上は無しだけど」
「限定?」
「そ」
 お箸の先が私を向いて、ピタッと止まる。
「限定ね」
 にまっと笑って、お箸を引っ込める。
「おおっと、お行儀わっる、反省反省」
 私、のこと。私限定の、とろける顔。
 彼の笑顔を思い出す。私に向けた、優しい目。
 思い出すと顔があっつくなる。
 そっか。私限定……。
「茉歩も、松永さん限定でしょ、あの可愛い顔は」
「えっ」
「2人して、すんごい幸せそーに笑い合っちゃって、うらやましいなあー」
 早苗ちゃんはにまにましてる。私はまた顔が熱くなったので、ビールを飲んだ。
「で、明日はどうする予定?どこに出かけるの?」
「……出かけない……」
「へっ?」
 余りに小さい声だったから聞こえなかったみたい。
「あの……松永さんの、お家に……」
 もう少し頑張って声を出すと、早苗ちゃんは『あー』と言った。
「お家デートね、そっか」
 そこからは、早苗ちゃんのお家デート体験談を聞いた。映画を観たり、好きなアニメを一気見したり、ゲームをしたり、ダラダラのんびりしたり。
 そういえば、彼の趣味とか好きなものって、まだちゃんと聞いたことがないかも。家に行ったら、そういうのも見えてくるのかな。
 どんなお家なんだろう。
「きっと、趣味の物があふれてるか、なんにもないか、どっちかだよ」
 早苗ちゃんが言い切った。
「あんだけ仕事してるから、なんにもないに1票」
「そ、そう?」
「寝に帰るだけだから、とか言ってそう」
 にしし、と笑う早苗ちゃん。


< 32 / 35 >

この作品をシェア

pagetop