手を、つないで 〜ふたりの時間〜
電車を降りて、改札を抜ける。
彼女の家の最寄り駅。すぐ近くにあるカジュアルレストランに行こうという話をしていた。
「あの……」
歩き出そうとしたら、一歩後ろから声がかかる。
向くと、赤い顔の彼女。
「少しですけど……お店まで……」
おずおずと手が出される。
これは……手をつなぐ?
一瞬、頭の中が真っ白になった。彼女から、手を出してくれている!
逸る気持ちを抑え込んで、出された手をそっと握る。いつもと同じ、小さくてやわらかくてあったかい。
彼女が嬉しそうに笑った。俺も同じく笑う。ちゃんと笑えてるといいけど。
店には待たずに入れた。
注文を済ませて、一息つく。彼女の相談ってなんだろう。すぐに聞いてもいいものだろうか。
「あの、会社では、今日はどうでしたか?」
彼女が聞いてくる。どうって?
「打ち上げの時の……」
ああ『彼女』の話か。
「いや、特になにも……」
言いかけて思い出す。
「なんか見られてるなとは思ってたけど、それか……」
今日は、遠くからの視線をやたらと感じた。視線だけがうるさくて、イラついて高井戸に八つ当たりしたくらいだった。
「特になにも言われなかったですけど、やたらと見られてました」
彼女が苦笑する。
「こっちの部屋では、松永さんのオーラが凄いって話題になってました」
「凄いって?」
「氷点下だって。とても話しかけられる雰囲気じゃないって」
俺も苦笑する。意識してた訳じゃないけど、そうなってたか。
「彼女のことを聞きたい人は多かったみたいですけど、誰も聞けなかったんですね」
「聞かれても、言いません。本当は、この前言ったみたく、言いたいですけど……」
言いたい。世界中に。
「周りの人が、仕事がやりにくくなったら困ると思って」
彼女が頷く。
「そうですね。迷惑はかけたくありませんし」
思いは同じ、か。
「当分は、今まで通りってことにしましょう。バレたら、もういいかってことで」
そう言ったら、彼女が笑い出した。
「なんですかそれ」
「だって、多分そのうちバレます。俺、隠し通す自信ないし」
彼女が更に笑う。
「そんな自信満々に」
「本当のことです」
彼女の前では『冷製鉄仮面』はどこかへ行ってしまう。
「会社は社内恋愛禁止じゃないし、あからさまなことをしなければ、バレても大丈夫だと思います。俺も中森さんも、仕事はちゃんとしてますから」
なんだかんだ言われたら、開き直ろうと腹は決めている。
彼女は一つ息をついて、微笑んだ。
「わかりました。私も、何を言われてもいいように、仕事頑張ります」
そして、真剣な表情になる。言っていた相談事だな。
「あの、早苗ちゃん、三上さんに、言ってもいいでしょうか」
「三上さん?」
三上さんは、彼女と同期。席が隣で、仲が良さそうなんだよな。
「はい。三上さんは同期で1番仲が良くて。何かで知られてしまうより、私の口から話しておきたいんです」
俺は仕事であまり関わりはないけど、周りから聞こえるのはいい評判が多い。明るく、カンがいい。鋭いが故に、発言が多少キツい時がある。
「早苗ちゃんは口が堅いし、信用できます。社内で言いふらしたりとかは絶対にないので」
絶対に。言い切れるんだ。彼女がそこまで言うなら。
「いいですよ、って言うのもなんか変な感じだな……わかりました、かな」
ぶつぶつ言ってたら、彼女が笑った。
「ありがとうございます。近いうちに話すと思います。話したら、報告します」
「わかりました」
そんなの、俺の了承なんていらないのに。でも、反対の立場なら、俺も同じことをするな、と思った。
同じことを考えてる。素直に嬉しいと思った。
彼女はオムライス、俺はハンバーグ。取り皿をもらって、少しずつシェアした。どっちの料理もおいしかった。
彼女はずっとにこにこしてて、楽しそうで。
その笑顔を、持って帰りたいと思った。
レストランを出る。
「あの、ごちそうさまでした」
彼女がぺこりと頭を下げる。
「次は、私にごちそうさせてください」
別にいいのに、と思いながら頷く。
次、があるんだ。良かった。
そう思って、そして。
手を、出した。いつものように。
彼女はちょっとはにかんで、いつものように手を重ねる。
可愛い。やっぱりこのまま持って帰りたい。そんな衝動を抑えながら歩き出す。
しばらく歩くと、彼女がふっと笑った。
「松永さんが、あんなにたくさんしゃべるの、初めて聞きました」
その笑顔が見られるなら、いくらでもしゃべる。
「……ここ何年かで、1番しゃべったかもしれないです」
「年単位で、ですか。レアなところ見ちゃいました」
「これからは、いつでも見られます」
そう言ったら、彼女の顔が真っ赤になった。この表情、何度見ても可愛い。
「……いつでも……」
消えそうな小さな声。
つないだ手に力を込めて、それに答えた。