手を、つないで 〜ふたりの時間〜
2.5 三上早苗
「早苗ちゃん、今日、帰りにご飯食べに行かない?」
隣の席の中森茉歩からお誘いを受けた。断る理由はない。
「うんいいよ。何食べる?」
「考えとくから」
「了解」
茉歩は、ある日を境に、急に可愛くなった。いや前から可愛かったけど、更に。
キラキラつやつやしてる。食べたいくらいに可愛い。
スマホを気にして、メッセージを打って、送信が押せずに悩んでる。思わず背中を押すようなことを言ってしまった。送信したら、満足気な表情。
その幸せオーラで、こっちまで幸せになれそう。
恋してるんだね、まっほー。
こんな可愛い子に思われるなんて、なんて幸せな彼氏。
その幸せな彼氏は、どんな人なんだろう。きっと大人で、包容力があって、素敵な人なんだろうな。ていうか、そういう人であってほしい。
なぜなら、茉歩は、男性とのお付き合いが初めてだから。よくまあこんな可愛い子を放っておけたよね、世の男性達は。
でもわかる。茉歩は静かで穏やか。おとなしい印象だから、他の子に埋もれたんだろう。
そんな茉歩を見付けた彼氏に感謝したい。それだけでその人を信用できるし、よくやった!ってサムズアップだ。
「……は?」
カラン。
思わず持ってた箸を落としてしまった。
「ごめん、もう一回言って」
茉歩はもじもじしながら、小さな声で言った。
駅近くの個室居酒屋。だから小さな声でも、ちゃんと聞こえる。
「だから、その……松永さんと、お付き合いをしてます……」
顔を赤くして、可愛いじゃないかまっほー。
で?誰だって?
「松永さん、て、あの松永さん?『冷製鉄仮面』?『彼女いるから』の松永さん?」
茉歩はこくんと頷く。
「え、じゃあ『彼女いるから』の『彼女』は……」
人差し指が茉歩に向く。人を指差すのはお行儀悪いってわかってるけど。
「……わたし……」
更に顔を赤くして。真っ赤。ゆでダコ。湯気出てる。
「ああ……そう……なの……」
そんな言葉しか出なかった。まだ理解できてない。
だって中森茉歩は社内の空気清浄機。いるだけで周りが和んで穏やかな空気が流れる。それだけじゃない、仕事だって早くて的確。意見を言う時も穏やかで静かだから、波風が立たない。私はキツいところがあるから、うらやましいと思ってた。
その空気清浄機の相手が、あの冷製鉄仮面!
冗談でしょ?いや2回聞いたから本当なんだろう。
「あの、しばらく周りには内緒にしとこうってことになってるから、言わないでもらえると嬉しいんだけど……早苗ちゃん、大丈夫?聞こえてる?」
私の顔を覗き込んでくる茉歩。まだ赤さが残ってる。可愛い。
あの無口・無表情・無愛想の三無い冷製鉄仮面が?茉歩をこんなに可愛くしちゃうの?
「言わない。言わないよ。なんなら墓まで持ってってもいいよ」
「そこまでしなくても平気だと思う……」
「大丈夫。約束は守るから」
知っている。松永さんは、仕事ができる。そして何も言わないけど他人のフォローは完璧。前に一緒のチームだった時、私がしたミスを素早く見付けて直してくれた。お礼を言ったら「……当然のことだから、気にしなくていいです」って。言い方は無愛想だったけど、優しさみたいなものが垣間見えた。
その優しさを、茉歩に向けているんだろう。でなきゃ茉歩がこんなに可愛くなるはずがない。
あれ?でもなんで?
「なんで私には言ったの?もし私がうっかりしゃべっちゃったりしたら……」
茉歩がきょとんとする。
「早苗ちゃんは、そんなことしないでしょ?」
まっすぐ言った。信じてくれてる。私のことを。
「それに、他の人とか、噂で知っちゃうより先に、私からちゃんと言いたかったから」
そう言って、微笑んだ。
茉歩……なんていい子なんだろう。
「……ありがとう」
一生友達!
私、三上早苗は誓います。
中森茉歩が、今と変わらない笑顔で、人を信じていられるように、守り続けることを。
松永さんはどうでもいいけど、茉歩が望むなら、お付き合いを応援してもいい。
茉歩を笑顔にしてくれるなら、三無い冷製鉄仮面でも悪口は言わないでおいてあげる。
怖い松永ファンからも、守るから。
どうか、茉歩が幸せでいてくれますように。