手を、つないで 〜ふたりの時間〜
3.茉歩
ーーー早苗ちゃんと話しました
電車を待つ間、メッセージを送る。
ーーー会社では黙っててくれるそうです
すぐに既読がついた。
ーーーわかりました
少し間があって。
ーーー今、帰りですか?
ーーーはい 電車を待ってるところです
ーーー行きます
行きます?どこに?
と思ったら、彼が歩いて来た。
「お疲れ様です」
笑ってる。
びっくりした。どうして?
「ちょうど、今帰るところでした」
「え、こんな時間まで?」
22時。ああでも、彼にとっては珍しくない時間なんだよね。
「遅くまでお疲れ様です」
「ひょっとして帰りの時間が重なるかと思ってたんですけど、ほんとに重なった」
照れたように笑う。
「送っていいですか?」
嬉しいけど。
「遅くなったから、今日は帰って休んでください」
「遅くなったから送るんですよ」
「でも……私は遊んできて、松永さんは働いてきたのに……」
「理由はどうでも、この時間だから」
電車が来たので、とりあえず乗る。1番前の車両。それなりに混んでいる。
彼は私を壁際に誘導して、私が潰れないように守ってくれる。混んでる時は、いつもこう。おかげで安心して乗っていられる。
彼の家の最寄り駅は、2つ目。私は更に4つ先。だから、私を送った後、彼は戻ることになる。いつも申し訳ないと思っている。
2つ目の駅に着いても、彼は動かない。
見上げたら、ちょっと笑って、ぽんと頭をなでた。
……やっぱり申し訳ない。後で、きちんと話そう。
「三上さんはなんて?」
帰り道。いつものように手をつないで歩き出すと、彼が聞いた。
「びっくりしてました。お箸を落とすくらい」
彼がははっと笑う。
「内緒にしてねって言ったら、墓まで持ってくって」
「そこまで?」
彼は更に笑った。
「三上さん、おもしろいな」
「本当にお墓まで持ってっちゃいそうでした」
「その前にはもう公表しますよ」
「えっ……?」
思わず足が止まった。
彼を見上げたら、微笑まれた。
「そんなに待ってられないです」
「待って……?」
「はい。基本的に俺は、言いたい、ので」
まっすぐな瞳。静かで、安心できる。
「無理はしません。その時が来て、俺も中森さんも、いいと思ったら」
2人がいいと思ったら。
それを聞いたら、何故だかとても安心した。
「……わかりました、けど……」
「……けど?」
「なんか、凄く恥ずかしいです……」
みんなの前で、彼と並んで。
想像してしまった。顔が熱くなる。
「あ……」
彼の声が聞こえて。見たら、顔が赤くなってた。
「……改めて考えたら、恥ずかしいですね……」
2人で苦笑し合う。
考えてることが同じで、嬉しかった。
「明後日の帰り、何か予定ありますか?」
マンションの前に着いた時に、彼が言う。
スケジュールを頭に思い浮かべる。
「多分何もないと思います」
「じゃあ、夕飯、一緒に、どうですか?」
ドキンとした。デート、2回目。
「はい、あの、お願いします」
頭を下げて、彼を見上げる。嬉しい。顔が笑ってしまう。
つないでいた彼の手に、きゅっと力が入った。
「……じゃあ、明後日に」
ごにょごにょが聞こえた。空いている手で、口を押さえてる。久しぶりに見た。……可愛い。
彼が一歩近付く。
そして、やわらかい物に包まれた。目の前には、彼のブルゾン。
「……楽しみにしてます」
頭の上から聞こえた。低く、抑えた声。
パッと離されて、マンションのドアに向かされた。
「行ってください」
言われるがままにドアを開けて、中に入る。
振り返ると、閉まっていくドアの向こうに、彼の笑顔が見えた。小さく手を振ってる。
何も言えずに、手を振った。それしかできなかった。
ドアが閉まる。少しして、歩いていく足音が聞こえた。
動けない。本当は力が抜けてへたり込みそうになるのを、頑張って部屋まで歩いた。
部屋に入って、玄関に座り込む。
顔から火が出そう。
「……うー……」
声を出さずにはいられない。あんな急に、反則だよ。
外は寒いのに、包まれたブルゾンはあったかかった。彼の声は、くっついたところを通して体に響いた。『……楽しみにしてます』
手足が勝手にバタつく。
……今夜、眠れない、多分……。