手を、つないで 〜ふたりの時間〜


 次の日、早苗ちゃんはいつもと変わらずにいてくれた。
 仕事の対応も、休憩中のおしゃべりも。
 それは、私にとっては本当にありがたいことで。
「ありがとう」
 昼休みの後、仕事を始める時にそう言った。なんの前置きもなく、それだけ。
 早苗ちゃんは『?』という顔をしたけど、すぐに笑って。
「どういたしまして」
 そう言って、にこっと笑った。感謝しかない。



 その次の日。朝からちょっとずつ作業を詰めて前倒しにした。時間に余裕を持たせるように。
 忙しい彼に私が合わせられるようにしていたのだけど。

 ーーー定時で帰れます

 本当に大丈夫なのかな?昨日も残業してたよね?
 無理させてるんじゃないかな。
 ……今日、話してみよう。



「してます」
「え……」
 即答だった。
「そうじゃないと……会えないから」
 ごにょごにょ言う。顔も赤い。
「……今まで、仕事があれば、私生活はどうでもいいと思ってて」
 家の最寄り駅の近くにある居酒屋。カウンターで隣り合わせに座ってるから、声が小さくなっても聞こえる。
「家には寝に帰るだけだったり、土日も仕事してました」
 こっちを向いた。高さが同じ。新鮮。
「今は調整中だから、多少無理はしてるけど、無理しないで時間作れるように、します」
 笑ってる。
「……週末は、どうですか?」
「週末?」
「はい、土曜日。会えますか?」
 会えるのは嬉しいけど。
「松永さん、お休みしないと」
 そう言ったら、彼が困ったようになる。
「休むのは、日曜にします」
「それで、本当に大丈夫ですか?ていうか、日曜日は本当に休めるんですか?」
 調整中だって言ってた。もしかして日曜日も仕事するんじゃ。
「まあ、多少は仕事しますけど、自宅作業だし。それに、今月はもう残業時間が厳しいって総務から言われてて」
 時間外労働のことだ。月の上限は決まってる。
「だから、ちょうどいいんです」
「でも……」
 休んでほしい。私と会うより、体が大事。
「……俺は……会いたいです」
 それは……そう言われたら、何も言えなくなる。私も会いたい。
 あっと思い付いた。
「じゃあ、午後からにしましょう。午前中はいっぱい寝てダラダラしてください。遅めの昼ご飯にしましょう。私も午前中は洗濯しますから」
 そう言ったら、彼はプハッと笑った。
「じゃあそれで」
「はい」
 返事をして、気付く。デートだ。会社帰りじゃない、初のデート。
「なにか食べたい物ありますか?行きたいお店とか……どうかしたんですか?」
 顔がほてって、おしぼりで押さえていたら、彼が私を覗き込んだ。笑ってごまかす。
「いえ、ちょっと、急にあっつくなっちゃって」
「暖房効きすぎかな」
 彼が店員さんを呼ぼうとするのを慌てて止める。
「大丈夫です。おしぼり気持ちいいし。すぐ収まりますから」
「?そうですか……」
「はい、平気です」
 ビールを飲んだら、本当にほてりは収まった。あー焦った。
「松永さんは、食べたい物ありませんか?麺類でしたよね、好きなのは」
 彼はちょっと目を丸くして、笑顔になった。
「そうですけど、中森さんが好きなのでいいですよ。考えておきます」
「私も、探しておきます」
 笑い合って、ビールを飲んで。
「……楽しみですね」
 彼が言った。この前の『……楽しみにしてます』を思い出して、また顔がほてった。
「……はい……」
 きっとどこに行っても楽しい。そう思えた。



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