冷徹社長との出張一夜は溺愛の始まりでした
「見てたの?」

「母親はそういうところを見るの」

帰り道、隣を歩く母は鼻歌でも歌い出しそうなくらい機嫌がいい。

私は曖昧に頷きながら、手元のバッグをぎゅっと握った。

確かに、いい人だった。

誠実で、穏やかで、気配りができる。

子どもの話にも自然に頷いてくれた。

きっと、こういう人となら穏やかな家庭を築けるんだろう。

毎日を安心して過ごして、仕事の悩みも共有できて、子どもが生まれたら一緒に喜んでくれる。

理想的だ。少なくとも、条件としては何も文句がない。

なのに。

――由真、おまえは仕事ができるから、もっとを求めてしまう。

――君の珈琲以外は、飲もうと思わない。

頭の中に、圭太さんの声がよみがえる。

どうして今さら。

忘れようとしているのに。
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