ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される
「……ナオ君、カリンさん。もう入ってきていいですよ」

 ナギサが部屋の入り口に向かって、静かに声をかける。

「え……?」

 アキラがハッとして動きを止めた。
 直後、完全に閉まっていたはずの私室のドアが、音もなくゆっくりと開く。
 そこに立っていたのは、アキラの専属執事であるナオと、メイドのカリンだった。
 二人の顔には、いつもの冷徹な仮面はない。スマートフォンの画面を見つめたまま、幽霊でも見たかのように青ざめ、愕然と立ち尽くしている。その手にある端末からは、先ほどナギサ達が空き部屋で話していた、浬との通話音声――アキラの過去の大罪を暴く会話が、そのままリアルタイムで流れ続けていた。

「ナ、オ……カリン……何故、そこに……」

 アキラの声が、初めて恐怖で震える。
 ナギサは、血の滴る右手をポケットのハンカチで手早く押さえながら、アキラに冷たい視線を向けた。

「貴方の部屋に連れ込まれる前、スマホの通話を切ったフリをして、そのままナオ君の端末に繋ぎっぱなしにしておいたんですよ。最初から全部、二人に聞かせるためにね」

 アキラが焦ってナギサを殺しにくることは、完全に織り込み済みだった。
 ナギサはわざとアキラの部屋に入り、彼に自分の口から「実験データ」や「過去の隠蔽」という決定的なワードを喋らせた。
 そして、それを一番聞かせなければならない二人に、ライブ配信の形で全てぶちまけたのだ。

「ナオ……何をボサッとしている!  この不審者を今すぐ殺せ!  命令だ!!」

 アキラが狂ったように叫ぶ。
 しかし、ナオは動かなかった。
 いつもなら主の命令に一瞬で従うはずのその身体が、鉛のように重く硬直している。

「アキラ様……」

 ナオの声はひどく掠れていた。
 地下駐車場で天城の使者と対峙した時に眉一つ動かさなかった男が、今は今にも泣き出しそうな目で、自分の主を見つめている。

「俺達が今まで片付けてきた『汚れ仕事』は……天城との繋がりは……全部、あんたが子供達を売り飛ばした罪を、隠すためだったんですか……?」
「違う!  それは佐倉のガキのデタラメだ!  早くそいつを――」
「嘘を吐かないでください」

 今度は、カリンが冷徹極まりない、けれど激しく震える声でアキラの言葉を遮った。

「音声だけではありません。佐倉様から、先ほど私達の端末に、当時の孤児院の売買記録と、アキラ様の個人口座の資金移動データが送られてきました。……言い訳は、不可能です」

 カリンの手に握られたスマートフォンには、言い逃れのできない「真っ黒な証拠」が並んでいた。
 自分が信じ、忠誠を誓い、その手で影となって支えてきた主が、人間のクズ以下の犯罪者だった。その残酷な真実を突きつけられた二人の絶望は、計り知れない。

「ナオ君、カリンさん」

 ナギサは一歩、二人の前に進み出た。

「僕はただ自分の身を守るためにやっただけだけど、二人が巻き込まれるのを見ていたくはない。どうするかは、二人が決めて」

 アキラの掌の上だったはずの盤面は、今や完全にひっくり返る。
 ボスの最強の盾だった二人の心が、今、白鷺アキラから完全に離反しようとしていた。








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