ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される
「次、何乗る?」
すっかりお気に入りになった大きなぬいぐるみを愛おしそうに腕に抱えたまま、ミアが弾むような足取りで振り返る。
先ほどまでの殺伐とした空気とは打って変わって、一歩外へ出れば、そこには眩しいほどの午後の太陽が燦々と降り注いでいた。
風に乗って聞こえてくる軽快なパレードの音楽。
あちこちで弾ける、子供達の無邪気な笑い声。
何処かノスタルジックで甘いキャラメルポップコーンの匂い。
まるで、絵本の中の夢のような世界だ。
冷徹な規律と、息の詰まるような重圧に満ちていた白鷺家の屋敷では、逆立ちしても決して味わえなかった。
温かくて、色鮮やかな“普通”の空気。それが今、自分のすぐ肌の傍にあることが、ミアには堪らなく愛おしかった。
「ミアが行きたい所でいいよ。今日の僕は我が儘に付き合うって決めたから」
「じゃあ、次は───」
ミアが次の目的地を嬉しそうに言いかけた、まさにその瞬間だった。
――ぎゃああああっ、ああああああああっ!!
遥か上空から、鼓膜を突き刺すような凄まじい絶叫と悲鳴が、地響きのような風切り音と共に響き渡った。
二人の身体が同時にビクッと跳ね上がり、反射的に声のする方へと視線を向ける。
視界の先、青空を切り裂くようにそびえ立つ、気が遠くなるほど高いレールの上を、凄まじい速度と凶悪な重力を伴って駆け抜けていく巨大なジェットコースターの姿が目に飛び込んできた。
「…………」
「…………」
数秒間の沈黙の後、ミアがロボットのようにゆっくりと首を動かし、隣に立つナギサをじっと見上げる。
その瞳は、獲物を見つけた子供のように爛々と輝いていた。
「……あれ、乗りたい」
「正気ですか?」
コンマ一秒の迷いもない、音速の即答だった。
「だって、すごく楽しそうじゃない!」
「どう見ても楽しんでる声じゃなくて、リアルに命の危機を感じてるタイプの断末魔だったでしょうが」
「何よ、ナギサ。もしかして、怖いの?」
「怖くはないです。……ないですけど、それとこれとは話が別というか」
「じゃあ決定。行きましょう!」
有無を言わさぬ力強さでぐいぐいと腕を引かれ、ナギサは「うわ、ちょっと」と思わず顔を盛大に引き攣らせた。
「いやいやちょっと待って、ミア! 僕、まだ心の準備というか……っ」
「私の我が儘に付き合うんでしょ。ほら、行くわよ!」
「横暴だ……っ!」
口の中だけでブツブツとぼやきながらも、結局は彼女の歩調に合わせてしっかりと着いて行ってしまう辺り、自分は相当このお嬢様に甘いのだろうと、ナギサは半ば諦め混じりに自覚する。