ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される
 スタッフの明るい声に促されるまま、並んでプラスチックの座席へと腰を下ろす。
 頭上から厳重な安全バーがガシャンと勢いよく下ろされ、容赦なく身体が座席へと完全に固定された。
 がこん、という逃げ場を失ったことを告げる重いロック音が響いた瞬間、ナギサの顔から一切の表情がすっと消え失せた。

「……ミア。今更ですけど、やっぱり降りません?」
「何言ってるのよ、もう車輪が動き出してるわよ」
「いや、まだいけます。スタッフさんに強い意志を伝えれば、今ならまだ間に合う」
「間に合わないからこうして座らされてるの!  往生際が悪いわね」

 ミアは隣で本気で焦り散らかしているナギサを見て、堪えきれずにクスクスと肩を震わせる。
 つい数分前まで、射的ゲームの銃を構えて「ここからは僕のフレームです」などとドヤ顔ではしゃいでいたゲーマーオタクと、目の前でガタガタ震えている男が同一人物とは到底思えなかった。そのギャップが、たまらなく可笑しくて愛おしい。

「ねえナギサ。あんたって、もしかして高い所が駄目なの?」
「駄目じゃないです。タワマンの最上階でも余裕です」
「じゃあ、スピードが速いの?」
「それも駄目じゃないです。格ゲーの超高速フレームに比べたらこれくらい」
「じゃあ、ただ怖いのね」
「……否定はしません」

 そこだけは驚くほど潔かった。

「ふふっ……あははは!  何よそれ、認めちゃうんだ」
「笑ってられるの、本当に今の内だけですからね。落ちる時は一瞬ですよ……!」

 そんな子供のような緊迫感のある会話を交わしている内に、ジェットコースターはプラットホームを離れ、ゆっくりと、しかし確実に空へと向かって上昇を始めた。
 がたん、がたん、がたん……。
 静まり返った空気の中に、レールを噛み締めて登る重々しい機械音だけが規則正しく響く。
 それに比例して、視界に入る地面が、人々が、どんどん遠ざかり、小さくなっていく。

「わぁ……!」

 ミアは恐怖など完全に忘れたように、きらきらと目を輝かせながら眼下に広がる景色を見下ろした。
 夕暮れの魔法にかかった遊園地全体が、まるで色鮮やかなミニチュアのようにおもちゃ箱をひっくり返したように一望できる。
 地平線の彼方まで遮るものなく広がる美しい街並み。
 茜色の夕陽に照らされて、黄金色に輝く巨大な観覧車。
 遥か下から、風に乗って微かに聞こえてくる人々の楽しげな笑い声。
 綺麗だった。息を呑むほどに、世界の全てが輝いていた。
 その感動を共有しようと隣を見ると、ナギサはやたら真剣な顔で、真っ直ぐ前方のレールだけを見つめて硬直している。

「……ナギサ」
「はい。集中してます」
「安全バーを握る手、すっごく震えてる」
「気のせいです。これは掌に仕込まれた振動機能(バイブレーション)です」
「震えてるわよ。白々しい嘘吐かないの」
「気のせいったら気のせいです。僕は今、無の境地にいるんです」

 何処までも強情である。
 ミアはお腹の底から笑いながら、シートの隙間からそっと隣の手へ、自分の温かい指先を重ねた。

「っ」

 ぴくり、とナギサの肩が大きく揺れる。

「ミ、ミア……」
「大丈夫よ」

 今度は、余裕のないナギサをミアが笑う番だった。
 繋いだ指先に少しだけ力を込め、胸を張って、最高のドヤ顔を向ける。

「怖くても、私が隣にいるでしょう?  しっかり捕まってなさい」

 ナギサは予想外の頼もしすぎるお嬢様のセリフに、呆然と目を丸くしてパチパチと瞬かせた。
 その間抜けな顔が可笑しくて、ミアはさらに悪戯っぽく笑みを深めた。
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