ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される
 それから園内にある小さなレストランで夕食を済ませ、再び目についたアトラクションを片っ端から遊び尽くしている内に、空はいつしか深い藍色へと染まり始めていた。
 きらびやかなイルミネーションがひとつ、またひとつと点灯し、夜の魔法が園内を包み込んでいく。それと同時に、名残惜しくも閉園の時間が少しずつ近づいてきていた。

「あっという間の一日だったわねぇ」
「ホントですね。僕も人生でこんなに全力で遊び回ったの、初めてですよ」

 お土産の袋を抱えた子連れの親子や、名残惜しそうに身を寄せ合うカップル達がすぐ傍を通り過ぎていく。
 そんな穏やかな喧騒の中、二人は名残惜しさを引き摺るような、ゆったりとした足取りで歩いていた。
 明確な行く宛てなどない。まだこの夢のような時間を終わらせたくはないけれど、かと言って次に何をするでもない――そんな、贅沢で少しだけじれったい時間が流れる。
 不意に、隣を歩いていたミアが、ナギサのTシャツの裾をきゅっと引っ張った。
 歩みを止めてナギサが視線を下げると、そこには何処か気恥ずかしげに頬を染めたミアが、上目遣いでこちらを見上げていた。

「つ、次は……ナギサの我が儘……聞きたい、な」

 あまりにも予想外の、そしてあまりにも可愛いらしいものだった。

「……え?」

 脳内の処理フレームが一瞬だけフリーズし、間抜けな声で聞き返してしまったナギサに、ミアはむっと不満そうに頬を膨らませる。

「だから!  今日は私の行きたい所ばっかり、一日中ずっと付き合ってもらったでしょう?  だから、最後くらいはナギサが本当にしたいことを決めていいって言ってるの」
「いや、その……」

 ナギサは珍しく、言葉に詰まってしまった。
 “自分の我が儘を言っていい”。
 たったそれだけのことなのに、どう反応すれば良いのかが分からないのだ。
 白鷺の屋敷に執事として来てからというもの、ナギサの役割は常にミアを支え、守る側だった。
 彼女の望みを叶える側としての立ち回りに終始していたため、自分自身の欲求や望みを口にすることなんて、これまで殆どなかったのである。

「……ナギサ?」

 黙り込んでしまったことを不思議そうに思ったのか、ミアが顔を覗き込んできた。長い睫毛が夜の光を反射して揺れる。
 ナギサはハッと我に返った。

「い、いや。ちょっと驚いただけです。まさかミアの口からそんな言葉が出るなんて思わなくて」
「そんなに変なこと言ったかしら?」
「変ではないですけど……こういうの、あんまり慣れてないんで」

 何処か照れ隠しのように、ナギサは困ったように小さく苦笑した。
 すると、ミアはほんの一瞬だけ意外そうに目を丸くした後、何とも愛おしそうな、そして少しだけ照れ臭そうな笑みをその唇に浮かべた。

「じゃあ、慣れなさい。……これから、いくらでも」

 さらりと、けれど確かな響きを伴って告げられたその言葉に、ナギサの心臓が不意に大きく跳ね上がる。
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