ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される
 まるで、自分がこれから先もずっと、彼女の隣にいることを当然のように言うから。その無自覚な信頼が、何よりも甘い一撃となってナギサの胸を撃ち抜いていた。

「……ずるいですよ、それ」
「何が?」
「……何でもないです」

 真っ赤になりそうな顔をごまかすように視線を逸らしたナギサは、少しだけ考える素振りを見せた後、やがて意を決したように小さく口を開いた。

「……行きたい所なら、一つだけあります」
「本当!?  何処?」

 ぱっとひまわりが咲いたように表情を明るくしたミアに、ナギサは少し気まずそうに手袋のついた手で頬を掻く。

「でも、ミアからしたらつまらないことかも」
「ここでつまらないことなんてある? 文句なんて言わないわ、絶対に」
「……絶対ですか?」
「ええ、絶対」

 そこまで真っ直ぐな目で宣言されてしまえば、もう逃げるわけにはいかない。
 ナギサは観念したように小さく息を吐くと、園内の最奥をそっと指差した。
 煌めくイルミネーションの光の海の向こう。
 夜空の特等席で、ゆっくりと光の輪を回している巨大な観覧車。

「あれ、乗りたいです」

 一瞬、ミアはきょとんとした様子で目を瞬かせ、ナギサの指の先にある大きな輪を見上げた。

「……ふふっ」

 堪えきれなかったように、小さく、けれど心底おかしそうに笑った。

「な、何ですかその反応。人がせっかく我が儘を言ったのに」
「だって!  もっと凄い場所を言うかと思ったのに、まさかそんな定番中の定番を選ぶなんて思わないじゃない」
「悪かったですね、普通で。僕は一般庶民の大学生男子なんですよ」

 少し不貞腐れたようにそっぽを向くナギサへ、ミアは首を横に振る。その瞳には、夜景の光よりも温かい光が灯っていた。

「ううん。……すごく、嬉しい」

 そう言って、ミアはそっと、自分からナギサの手を取った。
 驚くほど自然に、けれどもしっかりとした力強さで指を絡め、ゆっくりと歩き出す。その足取りは、今日一日の中で一番優しく、そして一番軽やかなものだった。

「行きましょ。ナギサの、本当にやりたいこと」

 掌から伝わってくる、柔らかで優しい体温。
 ナギサは一瞬だけ目を見開いたが、もう、その手を振り払うことなんて出来なかった。
 むしろ、この温もりをずっと離したくないと、心の底からそう願ってしまったから。
 イルミネーションが宝石を散りばめたように煌めく夜の園内を、手を繋いだままゆっくりと進んでいく。
 昼間の賑やかさは落ち着き、何処か静寂を纏った夜の空気。
 観覧車へと続く列に並び、順番を待つ間も、繋いだ手から伝わる体温が妙に心地よくて、二人の間に言葉はなかった。
 けれど、その沈黙は少しも息苦しくない。

『二名様、どうぞ。お足元お気をつけください』

 スタッフの誘導に従って、ゆっくりと動き続けているゴンドラへと乗り込む。
 カチャリと静かに扉が閉まり、完全な二人きりの密室が夜空へと浮き上がり始めた。
 昼間の賑やかな喧騒が、ガラス一枚を隔てて一気に遠ざかっていく。
 ゴンドラがゆっくりと上昇するにつれ、窓の外には言葉を失うほど美しい夜景が広がっていった。
 街の灯りがまるで地上に降りた星屑のように瞬き、遠くのビルの群れが闇の中にきらきらと浮かび上がっている。

「……綺麗ね」

 ミアは窓ガラスにそっと手を触れながら、外の景色に見惚れていた。
 夜景の光が、彼女の水色のワンピースと、ハーフアップにされた美しい髪を淡く照らし出す。
 その横顔は、昼間のはしゃいでいた少女のそれではなく、胸が締め付けられるほどに神秘的で、大人びて見えた。
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