ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される
先ほどのジェットコースターとは天と地ほどの差がある、穏やかで静かな速度でゴンドラは回る。
とうに日は暮れ、窓の外に見える大パノラマの夜景は、幾千もの建物の明かりがまるで地上の星々のように眩しく輝いていた。
狭い密室の中、何を語り合うでもなく、ただ静かな時間だけが淡々と流れていく。
「夢みたいだ……」
ぽつりと零したナギサの声は、いつになく低く、静かだった。
ミアは窓の外へ視線を向けたまま、その美しい瞳に夜の光をきらきらと反射させている。
宝石を散りばめたような遊園地のイルミネーション。
果てしなく遠くまで広がる街の灯り。
車のヘッドライトが、まるで光の細い川のように絶え間なく流れていく。
――こんなに温かくて綺麗な景色、今まで何一つ知らなかった。
「ええ。本当に……夢みたい」
小さく呟きながら、ミアは愛おしそうに膝の上のぬいぐるみをぎゅっと抱き締める。
ナギサはその愛らしい横顔を、隣からそっと盗み見た。
屋敷で見る時よりも、ずっと、ずっと柔らかくて優しい顔をしている。
誰かの陰謀に怯えていない。
誰かの冷酷な視線も気にしていない。
“白鷺家のお嬢様”という重い仮面を脱ぎ捨てて、ただ一人の等身大の少女として心から笑っている。
たったそれだけのことが、今のナギサにはどうしようもなく嬉しかった。
「……少し、疲れました?」
「ううん、少しだけ。でも、楽しい気持ちの方がずっと勝ってるわ」
そう言って悪戯っぽく笑うミアに、ナギサもつられて小さく目を細める。
再び、心地よい沈黙が落ちる。
けれど、不思議なほど気まずさは微塵もなかった。
執事になりたての昔の自分なら、きっとこんな無言の空気に耐えられなかっただろう。
何か気の利いた話をしなければ。
白鷺の執事として、完璧に振る舞わなければ。
主を退屈させてはいけない――。
そんな強迫観念ばかりが脳内を占めていたはずなのに。
今はただ、この愛おしい時間が、永遠に終わらなければいいと心から願っている。
「……ねぇ、ナギサ」
「はい」
「今日、本当に楽しかった?」
少しだけ不安そうに確認するように尋ねられて、ナギサは一瞬目を瞬かせた。
それから、張り詰めていた肩の力を抜き、ふっと優しく笑う。
「そりゃもう……僕の人生の中で、今日が一番楽しかったかもしれません」
ミアの瞳が、驚いたように静かに揺れる。ナギサの言葉が、ただの執事としての世辞でも冗談でもないと分かったのだろう。
ナギサは照れ隠しのように、窓の外の夜景へと視線を戻した。
「僕、友達と呼べる人が誰もいなくていつも一人だったから、こうして誰かと一緒に遊んだのは初めてなんです」
「……そうなの?」
「はい。だから、こういう普通の思い出に、心の何処かでずっと憧れてました」
きらきらした遊園地。
気を遣わないで笑い合える存在。
放課後の寄り道。
夕暮れに響く笑い声。
全てが、四角いテレビの画面の向こうにしかなかったもの。
「でも、まさか初めての遊園地が、ミアと二人きりになるとは思ってなかったですけどね」
いつものように冗談めかして笑うと、ミアは少しだけ照れ臭そうに、けれど愛おしそうに目を細めた。
「私だって……誰かとこんな風に遊園地に来る日が、私の人生に訪れるなんて思ってもみなかったわ」
ゴンドラが、ゆっくりと、ゆっくりと夜空の頂上へと近付いていく。
窓のすぐ外には手が届きそうなほど夜空が近く、世界で二人きり、まるでこの空間だけが時間の流れから切り離されてしまったようだった。
とうに日は暮れ、窓の外に見える大パノラマの夜景は、幾千もの建物の明かりがまるで地上の星々のように眩しく輝いていた。
狭い密室の中、何を語り合うでもなく、ただ静かな時間だけが淡々と流れていく。
「夢みたいだ……」
ぽつりと零したナギサの声は、いつになく低く、静かだった。
ミアは窓の外へ視線を向けたまま、その美しい瞳に夜の光をきらきらと反射させている。
宝石を散りばめたような遊園地のイルミネーション。
果てしなく遠くまで広がる街の灯り。
車のヘッドライトが、まるで光の細い川のように絶え間なく流れていく。
――こんなに温かくて綺麗な景色、今まで何一つ知らなかった。
「ええ。本当に……夢みたい」
小さく呟きながら、ミアは愛おしそうに膝の上のぬいぐるみをぎゅっと抱き締める。
ナギサはその愛らしい横顔を、隣からそっと盗み見た。
屋敷で見る時よりも、ずっと、ずっと柔らかくて優しい顔をしている。
誰かの陰謀に怯えていない。
誰かの冷酷な視線も気にしていない。
“白鷺家のお嬢様”という重い仮面を脱ぎ捨てて、ただ一人の等身大の少女として心から笑っている。
たったそれだけのことが、今のナギサにはどうしようもなく嬉しかった。
「……少し、疲れました?」
「ううん、少しだけ。でも、楽しい気持ちの方がずっと勝ってるわ」
そう言って悪戯っぽく笑うミアに、ナギサもつられて小さく目を細める。
再び、心地よい沈黙が落ちる。
けれど、不思議なほど気まずさは微塵もなかった。
執事になりたての昔の自分なら、きっとこんな無言の空気に耐えられなかっただろう。
何か気の利いた話をしなければ。
白鷺の執事として、完璧に振る舞わなければ。
主を退屈させてはいけない――。
そんな強迫観念ばかりが脳内を占めていたはずなのに。
今はただ、この愛おしい時間が、永遠に終わらなければいいと心から願っている。
「……ねぇ、ナギサ」
「はい」
「今日、本当に楽しかった?」
少しだけ不安そうに確認するように尋ねられて、ナギサは一瞬目を瞬かせた。
それから、張り詰めていた肩の力を抜き、ふっと優しく笑う。
「そりゃもう……僕の人生の中で、今日が一番楽しかったかもしれません」
ミアの瞳が、驚いたように静かに揺れる。ナギサの言葉が、ただの執事としての世辞でも冗談でもないと分かったのだろう。
ナギサは照れ隠しのように、窓の外の夜景へと視線を戻した。
「僕、友達と呼べる人が誰もいなくていつも一人だったから、こうして誰かと一緒に遊んだのは初めてなんです」
「……そうなの?」
「はい。だから、こういう普通の思い出に、心の何処かでずっと憧れてました」
きらきらした遊園地。
気を遣わないで笑い合える存在。
放課後の寄り道。
夕暮れに響く笑い声。
全てが、四角いテレビの画面の向こうにしかなかったもの。
「でも、まさか初めての遊園地が、ミアと二人きりになるとは思ってなかったですけどね」
いつものように冗談めかして笑うと、ミアは少しだけ照れ臭そうに、けれど愛おしそうに目を細めた。
「私だって……誰かとこんな風に遊園地に来る日が、私の人生に訪れるなんて思ってもみなかったわ」
ゴンドラが、ゆっくりと、ゆっくりと夜空の頂上へと近付いていく。
窓のすぐ外には手が届きそうなほど夜空が近く、世界で二人きり、まるでこの空間だけが時間の流れから切り離されてしまったようだった。