ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される
 ナギサは胸の奥で、静かに、深く息を吐く。
 今日一日、ミアは本当に何度も、色鮮やかに笑っていた。
 親と共に笑う子供にも負けず劣らず無邪気にはしゃいで。
 驚いて、怒って、照れて。
 その喜怒哀楽の全部が、どうしようもなく愛おしいと思ってしまった。
 
 ――もう、自分の心に嘘はつけない。誤魔化せない。

 自分はきっと、とっくの昔に、この目の前の少女に心を全て奪われている。
 主だから守りたい、なんて言葉だけではもう到底足りない。
 ただ、この人の傍にいたい。
 この笑顔を、誰にも渡したくない。
 この先もずっと、こんな風に、隣で笑っていてほしい。

(ミア、ごめん。僕は君に嘘を吐いてしまった)

 胸の奥で頼りなかった新米執事の覚悟が、静かに、そして絶対的な形へと定まっていく。

「知ってますか?  自分達が乗るゴンドラが丁度頂上に来た時に願い事を言うと叶うらしいんです」
「願い事?」

 ずっと窓の外の夜景に釘付けになっていたミアの視線が、ナギサへと向かう。
 不思議そうに見つめてくるその瞳から逃げるように、ナギサは窓の外の暗闇へとぼんやり視線を戻した。
 胸の奥で、静かに、けれど激しく鼓動が鳴り響く。
 観覧車はゆっくりと頂上へ近付いていた。
 あと少し、あと数メートルで、この夜空で一番高い場所へ辿り着く。

(あの日、一人で泣いていた君に話し掛けた子供は自分じゃないって、そう言った)

 忘れている振りをした。
 思い出せない振りをした。
 そうしなければいけないと、それが正解のルートなのだと思い込もうとしていた。
 過去の記憶に縋れば、またあの呪われた“しろさぎ”の闇へと引き戻される気がしたから。
 孤児院という地獄で生き残るために身に付けた、血生臭い戦闘技術や冷徹な思考を、全部思い出してしまいそうだったから。
 けれど、今でもはっきりと思い出せる。
 冷たい暗闇の中で、一人で泣いていた少女。
 夜の光に揺れていた、水色のワンピース。
 触れれば折れそうなほど、小さな手。
 あの日、世界のすべてを拒絶した中で、自分だけを真っ直ぐに見てくれた瞳。

(僕は……あの日、君に話し掛けた時から)

 ――ずっと。
 心の最深部に沈め続けていた想いが、今、静かに水面へと浮かび上がる。もう、誤魔化せない。
 がくん、と微かな振動を伴って、観覧車が頂上へと辿り着く。
 ほんの一瞬、世界が止まったみたいに静かだった。

「ミア」

 ナギサは、静かに彼女の名を呼んだ。
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