ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される
 それはもう、“お嬢様”へ向ける、一線を画した執事の声ではなかった。
 白鷺家に仕える専属執事としての仮面でもない。
 ただ一人の青年として、目の前の少女をどうしようもなく愛してしまった、一人の男の声だった。

「っ……」

 ミアが息を呑む音がやけに鮮明に聞こえる。
 いつも心配性で周りと一線を引いていた彼が、こんなにも深く、甘く、熱い声音を出せることをミアは知らなかった。

「僕、最初は貴方のことが少し苦手だった。初対面で『有り得ない』って全否定されて、こっちもいきなり執事になれって言われて、ふざけんなよ、この我が儘お嬢様って、ぶっちゃけ思ってました」

 静かで、飾らない言葉だった。けれど、その一言一言には、嘘偽りのない確かな熱が宿っている。

「それに、僕と貴方は執事と主なわけで、それ以上も以下もないはず。その間に、恋だの愛だのなんて感情が挟まったら、絶対に駄目なんです」

 ナギサは小さく笑う。
 何処か困ったように、自らの完璧な立ち回りが崩されたことを観念したように。

「……でも、無理でした」

 ミアの大きな瞳が、激しく揺れ動く。

「貴方は、僕が思ってたよりずっと不器用で、優しくて、びっくりするくらい寂しがりで……。だから、放っておけなかった」

 今日、この遊園地で、ひまわりが咲いたように笑っていた顔が脳裏を過る。
 お化け屋敷で怖がって、なりふり構わず自分の腕にしがみついてきたこと。
 大きな景品のぬいぐるみを、子供のように抱き締めて嬉しそうにしていたこと。
 “これから慣れなさい”って、少し照れくさそうに笑ったこと。
 全部、その歪で愛らしい喜怒哀楽の全部が、どうしようもなく愛おしかった。

「もっと笑ってほしいって思ったんです。屋敷の中の窮屈な檻じゃなくて、今日みたいに、自由に、自分の足で立って笑っててほしいって」

 ナギサは窓から視線を戻し、真っ直ぐにミアを見つめた。
 この狭い密室の中で、逃げ場なんて、もう何処にもなかった。

「白鷺家っていう巨大な檻も、過去の因縁も、これから先に待ってるものも、多分……綺麗事じゃ済まないし、簡単じゃない。でも」

 初めて、真正面から互いの顔を見た。
 こんなにも幼い顔をしていたのかと、意外と優しい目をしているのかと、どうしてそんなにも顔を赤くしているのだと。
 気づくことが山程溢れてくる。

「僕は、貴方の隣にいたい」

 怖くない訳がなかった。主従という境界線を越える恐怖、もしかしたら拒絶されるかもしれないという恐怖。
 それでも、今ここで伝えなければ、きっと一生後悔する。そんな予感だけが浮かんで消えなかった。

「ミア」

 観覧車の頂上。
 世界で一番遮るものなく空に近い場所で。ナギサは世界の全てを賭けるように、静かに告げた。

「僕は、貴方が好きです」
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