ポンコツ執事なのに、お嬢様に溺愛される

「――っ……」

 その瞬間、ミアの瞳が大きく揺れた。
 あり得ない奇跡のエンディングを目の当たりにしたかのように。
 ずっと欲しくて、けれど手に入るはずがないと諦めていた宝物を、ようやく与えられた子供のように。
 愛らしい唇が小さく震える。

「……ぁ」

 何か言葉を返そうとして、けれど感情のキャパシティを完全に超えて声にならない。
 代わりに、ぽろり、と。夕暮れの街灯に照らされた一粒の涙が、その白い頬を伝い落ちた。
 それを合図に、それまで必死に堰き止めていた彼女の感情が一気に決壊して溢れ出す。

「っ、ぅ……あ……っ」

 ぼろぼろと大粒の涙が零れていく。
 止まらない。拭っても、拭っても、次から次へと溢れて、視界をぐしゃぐしゃに滲ませていく。
 嬉しいのか、苦しいのか、それとも途方もない安心感に包まれたのか、もうミア自身にも分からなかった。ただ、胸の奥が張り裂けそうなほどにいっぱいだった。
 ナギサは、そんな彼女の涙を愛おしそうに見つめながら、ふっと柔らかく微笑んだ。
 そして、緊張で強張っていた両腕を、ゆっくりと、迎え入れるように大きく開いた。
 その瞬間、ミアは狭い座席を蹴るようにして、勢いよく立ち上がる。

「ミア――」

 制止の声など、彼女の突進のスピードには到底追いつかない。
 揺れるゴンドラの中だというのに、ミアは一切の躊躇なく、真っ直ぐナギサの胸の中へと飛び込んできた。

「うわっ、あぶなっ!?」
 
 がたんっ! とゴンドラが大きく音を立てて傾く。
 危うく二人まとめて床に転げ落ちそうになりながらも、ナギサは必死に体勢を立て直し、その小さな身体を慌てて抱き止めた。
 けれど、ナギサの胸に深く顔を埋めたミアは、シートベルトの警告音もゴンドラの揺れも、そんなことはどうでもいいとばかりに激しく泣きじゃくる。

「っ……ぅ、ひっく……ぅぅ……っ」

 細い肩が、壊れた玩具のように激しく震えている。
 ナギサの白いTシャツを掴む小さな指先には、血の気が引くほど痛烈な力が込められていた。

「巫山戯んじゃ……ない、わよ……っ」

 しゃくり上げながら、涙で掠れた途切れ途切れの声が漏れる。

「あんたが……最初に、言ったんじゃ、ない……っ。私のこれは、恋なんかじゃないって……っ。ただの、気の所為だって……っ!」

 ナギサは静かに目を見開いた。胸に押し当てられた彼女の心臓の鼓動が、痛いほどダイレクトに伝わってくる。
< 144 / 148 >

この作品をシェア

pagetop