クラスの透明人間は、夜を駆ける怪盗でした
「……罠だと気づいても逃げずに、七瀬さんは僕の前に姿を現したんですね」
先輩の声が少しだけ震えた。
「……はい。千咲先輩が苦しんでいるのは、本当だと思ったから。放っておけませんでした」
私は逃げるためではなく、御影先輩と向き合うために、一歩前へ踏み出した。
先輩の目から、鋭さが消えていく。
「……完敗ですね」
先輩は力なく笑った。
「自分の正体がバレる恐怖よりも、誰かの痛みを放っておけない優しさが勝った。それが、君の答えなんですね」
先輩は持っていた生徒会の腕章を、静かに机に置いた。
その笑いは、負けたときの顔じゃなかった。何かが、ほどけたような顔だった。
そのとき。廊下の向こうから、もう一人の足音が響いた。
「待ってください……!」
現れたのは、江藤千咲先輩だった。
凛ちゃんが、進路相談の合間にメッセージを送っていてくれたのだ。
「御影くん……私の名前を使ったの?」
千咲先輩が、まっすぐ御影先輩を見た。
御影先輩は、しばらく黙っていた。それから、静かに頭を下げた。
「……ごめん。君の事情を、勝手に使った。許してほしい」
「……わかった」
千咲先輩は、少し間を置いてからそう言った。その声には、怒りより悲しさが混ざっていた。
千咲先輩は、息を一つ吐いてから私に向き直る。
「七瀬さん、あなたが怪盗ムーンだったんだね」
穏やかな声だった。
「あなたのことは、噂で聞いてる。今回も私のために動いてくれて……本当にありがとう」
「千咲先輩、この手紙は……」
私は、二通の封筒を先輩に差し出した。