クラスの透明人間は、夜を駆ける怪盗でした
翼くんは、少し間を置いた。
「七瀬さんと一緒にいると、間違えても立て直せる気がするんだ」
「今日みたいに?」
「うん。……今日みたいに」
空が、深いオレンジ色に染まっていた。
*
そのあと、私たちは合唱部の発表を見に行った。
体育館に入ると、ステージに合唱部のメンバーが並んでいた。客席の前のほうに、見慣れない学生たちが座っている。卒業した先輩たちだ。
ステージの端に、小柄な背中があった。
さくらちゃんだ。
数日前まで泣いていたあの目が、今はまっすぐ前を向いている。
部長がマイクを持つ。
「今から、特別な曲を歌います。『すぐそばに』──二年前、先輩たちと一緒に歌った、私たちの宝物です」
ピアノの前奏が始まり、音が体育館の天井に向かって柔らかく溶けていく。
澄んだ声が、体育館に広がる。
客席の先輩たちが、立ち上がった。ステージに上がって、後輩たちと肩を並べる。
最初は小さな歌声だったけど、先輩たちが加わった瞬間、空気が震えた。
時間を超えて、声が重なる。
『忘れないで、あなたは一人じゃない。いつもそばに、仲間がいる』
体育館の大きな窓から差し込む夕焼けの光が、歌っているみんなの背中を優しく照らしている。
さくらちゃんが声を伸ばすたびに、あのレシートのことを思い出した。
壊したことを言い出せなかった松田先輩のことも。怖くて言えなかったのぞみちゃんのことも。
誰もが、ひとりで抱えていた。
それでも、声は重なった。
気づいたら、私の目元が滲んでいた。
「はい」
そのとき、翼くんがハンカチを差し出した。
「ありがとう」
「……美月」
「っ!」
初めて、彼に名前で呼ばれた。
胸が、大きく波打つ。
名前を呼ばれただけなのに、どうしてこんなに──。