クラスの透明人間は、夜を駆ける怪盗でした

翼くんは、少し間を置いた。

「七瀬さんと一緒にいると、間違えても立て直せる気がするんだ」

「今日みたいに?」

「うん。……今日みたいに」

空が、深いオレンジ色に染まっていた。



そのあと、私たちは合唱部の発表を見に行った。

体育館に入ると、ステージに合唱部のメンバーが並んでいた。客席の前のほうに、見慣れない学生たちが座っている。卒業した先輩たちだ。

ステージの端に、小柄な背中があった。

さくらちゃんだ。

数日前まで泣いていたあの目が、今はまっすぐ前を向いている。

部長がマイクを持つ。

「今から、特別な曲を歌います。『すぐそばに』──二年前、先輩たちと一緒に歌った、私たちの宝物です」

ピアノの前奏が始まり、音が体育館の天井に向かって柔らかく溶けていく。

澄んだ声が、体育館に広がる。

客席の先輩たちが、立ち上がった。ステージに上がって、後輩たちと肩を並べる。

最初は小さな歌声だったけど、先輩たちが加わった瞬間、空気が震えた。

時間を超えて、声が重なる。

『忘れないで、あなたは一人じゃない。いつもそばに、仲間がいる』

体育館の大きな窓から差し込む夕焼けの光が、歌っているみんなの背中を優しく照らしている。

さくらちゃんが声を伸ばすたびに、あのレシートのことを思い出した。

壊したことを言い出せなかった松田先輩のことも。怖くて言えなかったのぞみちゃんのことも。

誰もが、ひとりで抱えていた。

それでも、声は重なった。

気づいたら、私の目元が滲んでいた。

「はい」

そのとき、翼くんがハンカチを差し出した。

「ありがとう」

「……美月」

「っ!」

初めて、彼に名前で呼ばれた。

胸が、大きく波打つ。

名前を呼ばれただけなのに、どうしてこんなに──。
< 62 / 107 >

この作品をシェア

pagetop