クラスの透明人間は、夜を駆ける怪盗でした
先生は椅子を引いて、「座って」と促した。怒った顔じゃなかった。

小野田さんは、最初は声が震えていた。だけど、話し始めると言葉が少しずつ続くようになった。

お母さんのこと。マッサージ器のこと。気づいたら三ヶ月分になっていたこと。

全部を話し終えたとき、彼女の顔がさっきより軽く見えた。

先生は、少し間を置いてから口を開いた。

「話してくれてありがとう」

「……怒らないんですか」

「それより、あなたが一人で抱えてたことのほうが心配だよ」

先生は、これからのことを一緒に考えてくれると言った。

廊下に出ると、小野田さんが大きく息を吐いた。

「……言えた」

「うん」

「怖かったけど、言えました」

小野田さんが、私たちに頭を下げた。

「七瀬先輩、日向先輩、本当にありがとうございました」

「これからは、一人で抱え込まないで」

「はい。……先輩みたいな人に、助けてもらえると思っていなくて」

「どういう意味?」

「私が先輩の名前を使って、傷つけたのに」

小野田さんは、少し迷うような顔をした。

「怪盗ムーンって、本当に人のことを考えてる人なんだな、って。だから……余計に、最低なことをしたなって」

私は、何も言えなかった。でも、胸の奥に小野田さんの言葉が静かに落ちてきた。それが痛いような、温かいような、不思議な感覚だった。

小野田さんは「失礼します」と言って、廊下を歩いていった。

遠ざかる背中を見ながら、翼くんが隣に並んだ。

「美月」

「うん?」

「怒りと、助けたい気持ちが両方あっても、いいんだよ」

「……知ってる」

「そっか」

それだけだった。それで十分だった。
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