クラスの透明人間は、夜を駆ける怪盗でした
放課後、図書室で本を整理していると、翼くんがやって来た。
「美月」
「翼くん」
翼くんは、カウンターに手を置いた。
「今回、偽物が出た。次は、もっとうまい奴が出るかもしれない」
「……御影先輩も、まだ動いてるし」
「うん。美月が自分で判断するのはわかってる。だから、情報だけ渡す」
翼くんは、手帳のページを破って私に渡した。
「今週、御影先輩が新しく校内の見回りルートを変えた場所が二ヶ所ある。頭に入れといて」
私は、メモを受け取った。
「ありがとう」
「礼はいい」
翼くんは、口の端をわずかに上げた。
「それと」
「なに?」
「美月は今回、偽物を追い詰めるだけじゃなくて、助けようとした。それって……怪盗ムーンらしいな、と思った」
「怪盗ムーンらしい?」
「盗むだけじゃなくて、直して、つないで、今度は助けた。毎回、違う答えを出してる」
翼くんは、本棚のほうを向いた。
「次も、俺は情報を渡す。判断は美月がする。それでいい」
「……翼くん」
「ん?」
翼くんが振り向いた。夕日が横から差し込んで、その輪郭を金色に縁取っている。
何か言いたい気がした。うまく言葉にならないけれど、胸の奥に何かがある。
でも、それが何なのか、自分でもわからなくて。
「……ありがとう」
結局、それだけしか言えなかった。
翼くんは一瞬だけ、何かを待つように私を見た。それから、口の端をやわらかく上げた。
「いつでも」
翼くんが図書室を出ていく。扉が静かに閉まった。
私はメモを手のひらで握りしめたまま、しばらく動けなかった。
言いたかったのは、「ありがとう」じゃなかった気がする。
その先の言葉は──まだ、見つからない。
窓の外では、月が白く輝き始めていた。
御影先輩は、まだ追ってきている。偽物も現れた。
それでも今夜、私は夜の校舎を走るだろう。
怪盗ムーンの夜は、続いていく。