The One
額に触れるだけの、優しいキス。
先生が、恥ずかしそうに微笑んで。
「行こう」
私のスーツケースを車のトランクにしまってくれた。
その背中を見つめる。
さっきまで触れていた温もりが、まだ腕に残っている気がして。
先生は助手席のドアを開けて微笑んだ。
「どうぞ、お姫様」
「……もうっ」
先生は、私の心を見透かせる能力でもあるのかな。
今日だけは、私の王子様って思ってもいいよね。
先生を、独占してもいいよね…
ドアが閉まって、2人きりの空間。
「ちゃんと来てくれて、良かった」
先生がエンジンをかけて、ぽつりと呟く。
私はふっと笑って、
「私も」
短く返す。
「シートベルト…」
そう言って、先生が私を覆うようにシートベルトに手を伸ばした。
首筋、唇、耳…
全てが近くて、ゴクリと唾を飲み込む。
顔から火が出そうなほど、恥ずかしくなって。
「奈桜、見すぎ」
ハッとして、我に返ると
先生は困りながら笑っていた。
「……見すぎました」
「よし、海でも行こうか」
車がゆっくりと走り出す。
窓の外の景色が流れていく中で、そっと肘掛けの上に手を乗せた。
少しだけ、距離を詰めるように。
その瞬間、先生の手が自然に重なる。
驚くほど、当たり前みたいに。
「離さない…」
小さく、でもはっきりと。
私は何も言えなくて、ただその手をぎゅっと握り返した。
言葉よりもこの温もりの方が、確かな気がした。
車はそのまま海へと向かっていく。
終わりに向かっているはずの時間なのに、どうしてこんなにも幸せなんだろうって思いながら。
.