国を追われましたが、文官令嬢としてセカンドライフを送ります!
第四章 魔導書の完成①
ルミナリア王城の食堂が一番活気に溢れるのは、昼の時間帯だ。食欲をそそる香りに誘われるように人々が押し寄せ、テーブルは瞬く間に満席となる。
「先日刊行された新しい冒険譚、もう読んだかい? 『時海(ときうみ)を泳ぐクジラ』というのだけど」
「あ、時の神様の使いのクジラに乗って、いろんな時代を旅しながら仲間を集める話ですよね。ちょっと『時の剣』シリーズっぽくて気になってたんです」
「そうそう。作者が『時の剣』の大ファンらしくてね。だけど、しっかりと作者自身の持ち味が出ていて、特にコメディのテンポがいいから一気に読めるんだよ」
この日、ロゼッタはエドガーと昼食をともにしながら、冒険譚の話に花を咲かせていた。二人の空き時間が重なる時は、こうして語らうのが二人の習慣となっているのだ。初めは他の利用者たちの視線が気になったが、すっかり慣れてしまった。
(こんな時間が過ごせるなんて、数ヶ月前は思いもしなかったわ……)
デザートのフルーツタルトを味わいながら、ロゼッタはしみじみと思う。
エリアン王城では、自室で食事を摂るのが当たり前だった。レオナールが同席してくれるはずもなく、一人で窓の外を眺めながら口にする料理は、どこか味気なかった。
食事を終えて二人が食堂を出ると、ミラベルが息を切らしながら駆け寄ってきた。
「お二人とも、今すぐ作業室に来てください。ついに魔導書作りが最終段階に入りました!」
「……っ!」
ロゼッタとエドガーは顔を見合わせ、急ぎ足で作業室に向かう。すると、大勢の文官に紛れるように、国王の姿もそこにあった。
「待っていたぞ、ロゼッタ。さあ、仕上げだ」
国王から手渡されたのは、一本の羽ペンと夜の闇を閉じ込めたようなインクだった。台の上には一冊の真新しい本が置かれているが、表紙のタイトルや装飾だけは手つかずのままだ。
「そなたのおかげで、ついにここまで来たのだ。最後の題名はそなたが記してくれ」
「……ありがとうございます、陛下」
皆が固唾を呑んで見守る中、ロゼッタは呼吸を止めてペン先を本の表紙に滑らせた。
最後の一画を書き終えると同時に、本は内側から発光し、直視できないほどのまばゆい光が部屋中を照らし出した。すると、空中から現れた金と銀の糸が表紙へと吸い込まれ、複雑な魔法陣を幾重にも編み上げていく。その場にいた全員が、夢でも見ているかのように呆然とその様子を眺めていた。
やがて光が静かに消え去ると、本は何事もなかったかのように静寂を取り戻した。
「何と神々しい……これが魔導書か」
国王は込み上げる高揚を抑え切れない表情でぽつりと呟いた。
「か、完成だーっ!」
複本チームの一人が達成感に満ちた叫び声を上げると、一同から大きな歓声が沸き上がった。この一ヶ月、皆はひたすら魔導書のために心血を注いできたのだ。
(おじい様……)
ロゼッタは深い感慨を噛み締めながら、目の前の魔導書を静かに見つめていた。
『ほっほっほ、やったぞい! できたてホヤホヤの魔導書じゃ!』
子供のようにはしゃぐオーヴァンの姿が、鮮明に脳裏に蘇る。
あれほど嬉しそうな祖父の顔を見たのは初めてで、ロゼッタも胸が熱くなったのを覚えている。
その懐かしい記憶が涙となって、視界を滲ませた。
「ロゼッタ」
エドガーがそっとロゼッタの肩に手を置く。
「ついにやったね」
「……はい」
小さく洟を啜ってから、ロゼッタは笑顔で頷いた。
「それでは陛下。早速何か魔法を唱えてみてはいかがですか?」
「うむ!」
文官に促され、国王が魔導書を手に取る。一体どんな魔法が放たれるのか。誰もが緊張と期待の入り交じった眼差しを国王に向けた。
「うむ……」
ところが、国王は魔導書を持ったまま、石化したかのように固まってしまった。
「陛下、どうされました?」
「ロゼッタ、ここはそなたに任せようと思う」
あんなに待ち侘びていたくせに、いざ実物を前にすると怖気づいてしまったらしい。引きつった笑みを浮かべながら、ロゼッタへ魔導書を差し出した。
(屋内で使うのにちょうどいい魔法……)
テーブルに散らばった道具に目をやりながら、ロゼッタはページをめくった。
「『我が手となりて、大気の領域を解き放て』」
精神を集中させて呪文を唱えると、ページ全体が白い光を帯びる。
この魔法は、指定した範囲内の物体を自在に浮遊させるものだ。ぱっと目測でテーブルの面積を口にすると、道具が一斉にふわりと浮き上がる。
「おお……っ」
一同が感嘆の声を上げる中、ロゼッタの指先に合わせて、道具たちが空中を滑らかに移動していく。ものの数秒で、テーブルの上は綺麗に整頓された。
「これが魔法……」
目の前の光景に、ミラベルが興奮で声を震わせる。
「よし、魔導書の力は本物だね。それじゃあ次は、ロゼッタが話してくれた『吹雪の魔法』を試しに行こうか!」
エドガーは待ちきれないといった様子で一同を促した。
「先日刊行された新しい冒険譚、もう読んだかい? 『時海(ときうみ)を泳ぐクジラ』というのだけど」
「あ、時の神様の使いのクジラに乗って、いろんな時代を旅しながら仲間を集める話ですよね。ちょっと『時の剣』シリーズっぽくて気になってたんです」
「そうそう。作者が『時の剣』の大ファンらしくてね。だけど、しっかりと作者自身の持ち味が出ていて、特にコメディのテンポがいいから一気に読めるんだよ」
この日、ロゼッタはエドガーと昼食をともにしながら、冒険譚の話に花を咲かせていた。二人の空き時間が重なる時は、こうして語らうのが二人の習慣となっているのだ。初めは他の利用者たちの視線が気になったが、すっかり慣れてしまった。
(こんな時間が過ごせるなんて、数ヶ月前は思いもしなかったわ……)
デザートのフルーツタルトを味わいながら、ロゼッタはしみじみと思う。
エリアン王城では、自室で食事を摂るのが当たり前だった。レオナールが同席してくれるはずもなく、一人で窓の外を眺めながら口にする料理は、どこか味気なかった。
食事を終えて二人が食堂を出ると、ミラベルが息を切らしながら駆け寄ってきた。
「お二人とも、今すぐ作業室に来てください。ついに魔導書作りが最終段階に入りました!」
「……っ!」
ロゼッタとエドガーは顔を見合わせ、急ぎ足で作業室に向かう。すると、大勢の文官に紛れるように、国王の姿もそこにあった。
「待っていたぞ、ロゼッタ。さあ、仕上げだ」
国王から手渡されたのは、一本の羽ペンと夜の闇を閉じ込めたようなインクだった。台の上には一冊の真新しい本が置かれているが、表紙のタイトルや装飾だけは手つかずのままだ。
「そなたのおかげで、ついにここまで来たのだ。最後の題名はそなたが記してくれ」
「……ありがとうございます、陛下」
皆が固唾を呑んで見守る中、ロゼッタは呼吸を止めてペン先を本の表紙に滑らせた。
最後の一画を書き終えると同時に、本は内側から発光し、直視できないほどのまばゆい光が部屋中を照らし出した。すると、空中から現れた金と銀の糸が表紙へと吸い込まれ、複雑な魔法陣を幾重にも編み上げていく。その場にいた全員が、夢でも見ているかのように呆然とその様子を眺めていた。
やがて光が静かに消え去ると、本は何事もなかったかのように静寂を取り戻した。
「何と神々しい……これが魔導書か」
国王は込み上げる高揚を抑え切れない表情でぽつりと呟いた。
「か、完成だーっ!」
複本チームの一人が達成感に満ちた叫び声を上げると、一同から大きな歓声が沸き上がった。この一ヶ月、皆はひたすら魔導書のために心血を注いできたのだ。
(おじい様……)
ロゼッタは深い感慨を噛み締めながら、目の前の魔導書を静かに見つめていた。
『ほっほっほ、やったぞい! できたてホヤホヤの魔導書じゃ!』
子供のようにはしゃぐオーヴァンの姿が、鮮明に脳裏に蘇る。
あれほど嬉しそうな祖父の顔を見たのは初めてで、ロゼッタも胸が熱くなったのを覚えている。
その懐かしい記憶が涙となって、視界を滲ませた。
「ロゼッタ」
エドガーがそっとロゼッタの肩に手を置く。
「ついにやったね」
「……はい」
小さく洟を啜ってから、ロゼッタは笑顔で頷いた。
「それでは陛下。早速何か魔法を唱えてみてはいかがですか?」
「うむ!」
文官に促され、国王が魔導書を手に取る。一体どんな魔法が放たれるのか。誰もが緊張と期待の入り交じった眼差しを国王に向けた。
「うむ……」
ところが、国王は魔導書を持ったまま、石化したかのように固まってしまった。
「陛下、どうされました?」
「ロゼッタ、ここはそなたに任せようと思う」
あんなに待ち侘びていたくせに、いざ実物を前にすると怖気づいてしまったらしい。引きつった笑みを浮かべながら、ロゼッタへ魔導書を差し出した。
(屋内で使うのにちょうどいい魔法……)
テーブルに散らばった道具に目をやりながら、ロゼッタはページをめくった。
「『我が手となりて、大気の領域を解き放て』」
精神を集中させて呪文を唱えると、ページ全体が白い光を帯びる。
この魔法は、指定した範囲内の物体を自在に浮遊させるものだ。ぱっと目測でテーブルの面積を口にすると、道具が一斉にふわりと浮き上がる。
「おお……っ」
一同が感嘆の声を上げる中、ロゼッタの指先に合わせて、道具たちが空中を滑らかに移動していく。ものの数秒で、テーブルの上は綺麗に整頓された。
「これが魔法……」
目の前の光景に、ミラベルが興奮で声を震わせる。
「よし、魔導書の力は本物だね。それじゃあ次は、ロゼッタが話してくれた『吹雪の魔法』を試しに行こうか!」
エドガーは待ちきれないといった様子で一同を促した。